2月、宮崎・南郷キャンプの休日。西武菊池雄星投手(25)はゴルフ場のスタートホールで、ティーグラウンドに立っていた。

 軽く身体をほぐすと、セットポジションのように、目の前に広がるフェアウエーに右肩を向ける。

 マウンド上なら、ゆったりとした体重移動から、鋭く左腕が振り下ろされる。しかし、この日は勝手が違う。「あれ、どうやってクラブを上げるんだっけ?」

 悩んだ末、ぎこちなく動きだす。パワーは規格外。ドライバーが文字通り、うなりを上げる。

 しかし、ボールの頭をかすめたショットは、目の前のラフに突き刺さって止まった。飛距離5メートル未満。「あー、もう!」。天を仰ぐ菊池の姿に、周囲は笑いを抑えられなかった。


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 4年ぶりのラウンド。スコアは「よく覚えてません」と苦笑いする。

 それでも貴重なオフをゴルフにあてたのは、ウルフ、シュリッターら外国人投手に「一緒に回ろう」とねだられたからだ。

 去年までならエース岸がいた。スコア70台で回れる腕前。ゴルフ場でも、投手陣の「柱」だった。

 しかし、今年はその岸が楽天に移籍した。とはいえ、それでオフのゴルフの機会までなくなっては、市街地から離れた南郷にあって、ウルフら外国人は息抜きができなくなってしまう。

 18ホールをともにする。それはシュリッターのような新外国人投手と、コミュニケーションを深める上で、貴重な機会でもある。

 宿舎近くの海で釣りをしたり、自室でのんびりするのが、これまでの菊池のオフだった。

 しかし、今年は岸に代わる投手陣の柱として期待される存在だ。趣味は英会話の勉強。外国人投手たちと意思疎通もできる。

 自分がやるしかない-。そんな思いで、東京の自宅から、ホコリをかぶったゴルフクラブを取り寄せた。

 「下手すぎて、迷惑をかけました」と菊池は言う。しかし、どのような思いでティーグラウンドに立ったかは、ウルフたちにも伝わった。

 「今日は楽しかったよ」。満足げにホテルの自室に向かう背中を見ながら、菊池はそっと安堵(あんど)のため息をついた。


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 エースとは。

 岸が抜けた直後から、菊池は考え続けてきた。

 マウンド上で結果を出すのは当然。加えて、投手陣のリーダーとして、どう振る舞うべきか。

 食事面に人一倍、気をつかってきたこともある。大勢を誘い、積極的に外食に出るタイプではなかった。

 しかし今年は、春季キャンプの打ち上げ日などに、若手投手10人ほどを連れて街に出る姿があった。

 気軽なコミュニケーションを取るだけではない。社会人としての常識、たしなみも後輩に教える。

 報道陣との食事会も企画するようになった。後輩投手を同席させ、記者に「こいつもよろしくお願いします」と引き合わせた。

 もちろん、投球についての考え方も変えた。

 1度の快投よりも、1年を通して投手陣を引っ張れるか。そのためには投球数を減らし、投球回数を増やすことが必要だ。

 追い込んでから、打者を1球で仕留められるフォーク習得を目指したのも、そのためだ。

 150キロを超える速球が武器だが、シーズンに入ると、大半のボールを140キロ台に抑える試みもした。それも「力をためながら、1イニングでも多く投げたい」という意図だ。


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 開幕直前。菊池が「エースって期待されますけど、オレみたいないじられキャラでいいんですかね」とこぼしたことがあった。

 実力に加え、自覚がにじむ振る舞いを、周囲が認めだしたころだった。それでも「涌井さんとか岸さんが、オレみたいにいじられることって、見たことがないんですよ」と悩んでいた。

 菊池が「エース」と慕った背中は、いずれもどこか近寄りがたさもある、孤高の存在だった。

 自分もそうあるべきではないのか。「あー、ドランクドラゴンのメガネの方の!」「鈴木拓じゃねーよ!」。定番のイジリに、屈託のない笑顔で応えながら、内心は複雑だった。

 答えが出ないまま、シーズンは開幕した。

 21日の日本ハム戦で、1回の先頭打者に許した1安打のみの“準ノーヒットノーラン”を演じた。さらに、28日のロッテ戦でも、圧巻の投球をみせた。

 投球回数を増やすためセーブしていたパワーを、かつての西武のエース涌井との直接対決で解放。最速155キロの速球と、143キロに達するスライダーで、ロッテ打線を圧倒した。

 失策絡みで2失点も、被安打3、10奪三振、自責点0。防御率1・22は、この日の時点で断トツのパ・リーグトップだった。

 それでも菊池は「いつも盛り立ててもらっているので、今日は自分がみんなのミスをカバーしたかった」と悔しげに首を振る。

 その姿からは、風格すら漂い出した。周囲の見る目は変わりつつある。結果を出せば、ついてくるものは必ずある。

 「エースとはどうあるべきか。答えはすぐに出さなくてもいいのかもしれません。1年通してきちんと働くことができれば、おのずと答えが見えるはず。そう思うようになりました」

 球界を代表する左腕とは思えない物腰の低さ、丁寧さは変わらない。しかしそのまなざしには、しっかりと高みを見据える強さが加わった。【塩畑大輔】