主砲の目前で、ためらいなく走った。18日ロッテ戦、3回表1死一、二塁。二塁走者の西武源田壮亮内野手(24)は、打席の中村が2ボールとした後の3球目で、三塁に向けてスタートを切った。

 ロッテ先発スタンリッジが、1度向けてきた視線を打者中村に戻した瞬間、思い切って走りだした。捕手田村の素早く、正確な送球より一瞬早く、滑り込んだスパイクが三塁ベースに達した。

 三塁に走者を置けば、投球は制限される。中村は「外野フライでも1点。併殺崩れでも1点ですから、自分側のハードルはだいぶ下がりました」と振り返る。余裕をもって四球を選び、満塁。2死後、栗山が左前2点適時打を放った。

 初回に先発高橋光が3点を先制された西武だったが、この回一気に同点に追いつき、最終的に8-4と完勝した。流れを引き寄せた源田の三盗の裏には、辻監督が選手たちととった「コンセンサス」があった。


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 4月初旬。辻監督は日本ハム戦終了後、馬場コーチと札幌市内で夕食をとっていた。北海道ならでは新鮮な魚介類の刺し身に、2人は舌鼓を打っていた。

 さほど飲まない辻監督は、2杯目のシソ焼酎の水割りを「薄めで」と頼んだあたりで、ポツリと言った。

 「三盗、いけそうなんだよなぁ」

 馬場コーチがすかさず応じる。「確かにあれはいけます」。打席に開幕から好調な浅村を迎えた場面などは、相手投手陣は源田、秋山らが二塁にいても、あまりマークしてこなかった。

 しかし「浅村は主軸。気持ち良く打たせた方がいい」という意見が出た。特に二塁走者のスタートは打者の視界に入る。浅村、中村ら主力は、打撃に集中させるというのは“常識”だ。

 しかし辻監督は「本当に本人が気にしているのか、確認した方がいいよな」と言った。シソ焼酎を飲み干し「よし、明日話をしよう」とうなずく。テーブルの会計伝票を握り締める手に、力がこもった。


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 翌日。辻監督は浅村と中村をそれぞれ呼び、確認した。「やっぱり目の前で三盗はやめてほしいか?」。

 2人とも「状況しだいです」と答えた。追い込まれてまで、投手の後方で二塁走者がそわそわと動いていては、さすがに打撃に影響する。しかし早いカウントなら問題ない。

 「そうか、分かった」。辻監督はひときわ声を張った。このやりとりは、あえて他の選手の前で行った。

 コンセンサスは、浅村、中村とだけとっておけばよいものではない。走る側になるであろう、源田や秋山はもちろん、他の選手も知っていて初めて「チームの方針」となる。

 秋山などは「監督がどういうお考えなのかを知る機会を持てて、すごくありがたい」と振り返る。みなが指揮官と主軸2人のやりとりをつぶさに聞いていた。

 辻監督は「よし、今日もみんな頼むぞ」とゲキを飛ばし、話を締めた。


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 「一発で、よく走ってくれたと思うよ」。

 18日。ロッテ3連戦最後の試合直前、辻監督は源田の三盗を回顧した。

 「スタンリッジはいけるぞと、試合が始まった時からベンチで選手たちに言ってたんだよね」

 三塁手のダフィーの守備位置も深かった。急いで前に出てきてベースカバーに入れば、追いタッチになるという計算もあった。

 「それでも打席は中村。失敗が許される場面じゃないし、何球も何球も投手の背後でウロウロされるわけにもいかない。よくスパッと決めてくれたよね」

 試合の流れを引き寄せる効果だけではない。シーズンの早いうちに、1度決めておいたことにも、価値があると考える。

 「打者中村でも三盗があるというのは、これで他球団みんなが知るところになった。盗塁を警戒される反面、相手投手が打者だけに集中できなくなる。それはこっちにとってプラス」

 秋山は言う。「今までうちは、相手投手と1対1の勝負をずっと続けてきた。辻監督がいらっしゃった今年は違う。走者も含めて、チームとして相手投手と勝負できている」。

 走るメリットは、デメリットよりも大きい。辻監督の教えは、着実に浸透している。ルーキー源田が19日現在でリーグ最多の11盗塁を決めるなど、各選手が思い切ったスタートを切り続けている。


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 三盗に限ったことではない。そう感じる。

 他の競技を取材していても、目にしてきた。実績ある主力選手は敬意を払われるのと同時に、ものを言われにくくなることがある。

 そして本人があずかりしらないところで“配慮”を受ける。つまりは「忖度(そんたく)」だ。

 それでは風通しのよい組織とは言えない。忖度される本人たちも、チーム戦術の輪の中に、本当の意味で加わる事はできない。

 辻監督は、それではいけないと感じた。だからこそ、いまさらと思われるのを覚悟の上で「三盗されるの、どう思う?」と聞いた。そうやってきちんと、コンセンサスをとった。

 源田の三盗の後には、中村に「実際、走られてどうやった?」とフォローも欠かさなかった。そうやって少しずつ、自分の理念を選手たちに伝えていく。地道に、根気強く、勝てるチームの土台をつくる。

 野球に限らず、あらゆる組織に有用なマネジメントのように思う。【塩畑大輔】