簡単そうで、難しいことかもしれない。

今季限りで現役を引退する巨人杉内俊哉投手(37)が、本拠地最終戦の9月30日広島戦で引退セレモニーを行った。あいさつを終えると菅野に次いで、背番号18のユニホーム姿を着た中学1年になる長男咲哉くんから、花束を受け取った。必死に涙をこらえながら、父親として最後の勇姿を1人息子へ届けた。

さかのぼり、冬も深い1月。熊本市内で行われたトークショーで司会者からの「子どもに口酸っぱく言っていることは?」との質問にこう答えた。

「一番は『人の悪口を言ってはいけない』ということ。言いたくなったら、お父さんにだけ言いなさい、と言いますね」。

人間、平凡な日常を過ごしていても、不満の1つや2つはある。口に出したくなることもある。そんなことを子どもに強いるのは酷では? そう思い、2月の3軍沖縄キャンプ、練習を終え、おやつのケーキをほおばる杉内に疑問をぶつけた。

「僕だってガキの時は人の悪口ばかり言ってたよ。でも、30歳を過ぎてからかな。悪口ばかり言っても仕方ないなって思えるようになったのは。チームメートとか、いろんな人が周りで悪口を言っているのが聞こえると、情けないなって思えてきてね」。

175センチとプロ野球界では決して大柄ではない身体で通算142勝を積み上げてきた。ここまでやりきれたのは「誰にも負けたくない」「絶対に勝つんだ」という強い気持ちがあったから。だからこそ、時に熱い闘志が空回りすることもあった。

「例えば、ストライクかボールか、とかで審判に文句言っちゃう時もたくさんあったよ。でも、審判だって人間。ミスもあるし、文句を言ってきたらむきになって際どい球をボールと言いたくなるかもしれない。だから悪口ばかり言っても決していい方向には転がらないし、損することはあっても、得することはないって思ったんだよね。もっと早く気づければよかったよ(笑い)。でも、僕は気づけなかった。だからこそ、息子には小さい時から伝えていきたい」。

母子家庭で育ち、「俺が家族を養う」という気持ちで小5から野球を続けてきた。母から口酸っぱく言われた言葉は「決めたことは最後までやり通しなさい」。父親になり、息子に伝えるべきことがあると、時に厳しく接してきた。でも、ユニホームを脱いだ今、心境の変化があった。

「引退してから息子に優しくなったかな」。

現役生活よりも第2の人生の方がはるかに長い。今後は未定だが、これからも「父の背中」を見せ続けていくことは変わらない。【巨人担当 桑原幹久】