幾度となく、立ち上がった。自己最多の91試合に出場したオリックス伏見寅威捕手(31)は、扇の要としてリーグ制覇に大きく貢献。ペナントレース最終盤までもつれた、歓喜Vを振り返った。

オリックス対ロッテ 9回裏オリックス無死一、二塁、小田(中央)はファイナルステージ突破を決める右前適時打を放ち伏見の祝福を受ける(2021年11月12日)
オリックス対ロッテ 9回裏オリックス無死一、二塁、小田(中央)はファイナルステージ突破を決める右前適時打を放ち伏見の祝福を受ける(2021年11月12日)

「1球1球に球場が沸く。すごい緊張感でした。今まで経験したことのない感覚で、試合は毎日ある。考えても答えが出ない日も続いていました。気がついたら朝が来て、結局、試合になった日はその場で何を感じるかを大事にして臨んでいましたね」

ホームベース真後ろから出す右手のサインで、試合の勝敗は左右する。マウンドの投手を鼓舞し、奮い立たせてきた。31歳。一回り歳下の投手の女房役も務める。今季は開幕2戦目に抜てきされた20歳宮城とバッテリーを組み続け、13勝4敗の好成績に導いた。新人王にも輝いた左腕には、ある配慮があった。

「宮城にはミーティングをしたことがないんです。一応、その場は設けるけど、こちらから要望を出すことはなかった。考えすぎるのもね。何も気にしてほしくなかった。(リード面など)考えるのは、こっちに任せろ、と」

自由度の高いバッテリー二人三脚は、開幕2戦目(3月27日、西武戦)から“事件”を起こしていた。「スライダーのサインを出してカーブを投げたときあったでしょ? あれが実際はどうなのかはわからないですけど、答えは空振り三振。宮城が正解」

新人王左腕は、本能に従っていた。4回無死、4番山川を迎えた場面。何度もファウルで粘られた9球目だった。「スライダーを投げる瞬間に『打たれるかファウルになる』と。勝手にカーブに変えました」。内角低めの114キロカーブで空振り三振に仕留め、山川に膝を付かせていた。

そんな経験があったからこそ、伏見は苦しい時期も宮城の進化を信じた。8月21日の西武戦で11勝目をマークしたが、10月1日ソフトバンク戦で12勝目を挙げるまで、1カ月以上がかかった。伏見は「僕はいつも通りの投球を心掛けてもらって、状態が上がってくるのを待とうと考えていた」と話す。

オリックス対ロッテ 2回表を終え、ロッテに3点を奪われがっくりとベンチに戻る宮城(右)。左は捕手伏見(2021年9月7日)
オリックス対ロッテ 2回表を終え、ロッテに3点を奪われがっくりとベンチに戻る宮城(右)。左は捕手伏見(2021年9月7日)

久しぶりの勝ち星に向け、驚きを隠せない言葉も、宮城-伏見バッテリーを後押ししていた。10月1日の3回表が終わった瞬間、中嶋監督に耳打ちされた。「今日の感じだったら、フォークがいいんじゃないか?」。その後、フォークが低めに決まり、リズムに乗った。実は、フォークはまだ練習中の球種だったという。そのため、バッテリー間では使う順位が低い球種だった。伏見は「あまり要所で使うイメージは沸かなかったので…」と、指揮官の一言に脱帽した。

「何を見てそう言ってくれたのか、いまだに分からないのが正直なところ。本当に使ってみて『フォーク決まりましたね!』と言ったら『そうだろ!』って感じでした。学ぶことしかないんです」

答えのない毎日に、正解を見いだす。悩みを乗り越え、ときに喜ぶ。伏見は今、充実の野球人生を送っている。「あのとき自分が感じた気持ちは間違ってなかった。今、どれだけキツイ日があっても、あのときの気持ちを思い出すとやっていけるんです」。

19年6月18日巨人戦(東京ドーム)で、左アキレス腱(けん)を断裂。3日後に手術を受け、リハビリ生活を送った。「孤独との闘い」と表現したリハビリを終え、21年はチーム全員と歓喜を味わった。

「まだまだ成長できる。もっともっと、捕手として突き詰めていきたい」

18・44メートル先の投手に向かい、自信を持ってサインを送る。伏見の指先から、新たな物語がスタートする。【オリックス担当=真柴健】

オリックス対西武 8勝目を挙げた宮城(中央)は、伏見(左)、吉田正に頭をなでられる(2021年6月27日)
オリックス対西武 8勝目を挙げた宮城(中央)は、伏見(左)、吉田正に頭をなでられる(2021年6月27日)