鉄腕は静かに、現役生活にピリオドを打った。今村猛投手(30)は23日、報道陣を避けるように松田球団オーナーへ引退の意思を報告した。戦力外通告後、現役続行の意思を公言したが、トライアウトは受けなかった。どこかで覚悟していたのかもしれない。「広島以外の球団でのプレーは…」と違うユニホームに袖を通す自分をイメージできない自分もいた。他球団からオファーなく、決断。「仕方ない。ズルズルいくわけにはいかない」。不器用な生き方は、現役時代も同じだった。

プロ2年目の11年8月7日巨人戦で、長野久義の左側頭部を直撃する死球で危険球退場となった。若さを感じさせない20歳が、初めてマウンドで青ざめた表情を見せた。あの夜、関係者を通じて、直接電話で謝罪した長野から「大丈夫だから。今度、ご飯でも行こう」という気遣いに心は救われた。WBCでチームメートとなったときも食事によく行く仲だった。

だが、あの日から投球が極端に外角中心になったように感じられた。今だから聞ける。「あの1球で、投球、変わったのでは?」。そう尋ねると、胸の奥に隠していたものを吐き出すように話してくれた。

「内角のサインのたび、フラッシュバックするんです。でも、サイン通りに投げないといけないし、(コントロールを)間違うわけにはいかない。正直、内角にサインが出たときは目をつぶって投げていました」

普段は口数が少なく、優しい九州男児。誤解されることもあるが、人情深い。優しさはときに、プロ野球選手としてマイナスとなる。ただ、今村はそんな自分を受け入れ、勝負の世界で生きてきた。外角低めに糸を引くような直球は、あの1球によって磨かれた、ともいえる。球団最多115ホールドを積み重ねた。

太く短い野球人生に、悔いはない。「(現役生活は)僕の中では失敗の方が多い。これからもそうだと思う。失敗しながらもやっていければと思う。今はカープに来る前みたいな、楽しみと不安が両方ある」。マツダスタジアムを去る表情はすっきりしていた。今村猛の第2の人生に、幸あれ-。【広島担当 前原淳】

試合前の練習で、7日に死球を与えた今村(左)から謝罪された長野は、手を差し出し握手をかわした(2011年8月12日撮影)
試合前の練習で、7日に死球を与えた今村(左)から謝罪された長野は、手を差し出し握手をかわした(2011年8月12日撮影)