日本人選手がメジャーで活躍するのが当たり前になった平成時代だが、そこに至るには先人たちの苦労があった。通訳や代理人として日米で多くの選手をサポートし、2007年(平19)に手術で男性から女性へ生まれ変わったコウタ(56=本名・石島浩太)。女優、ギタリストとしても活動する彼女の波乱の人生と日米の野球史を振り返る。

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コウタにとって、伊良部秀輝は自分と重なる選手だ。「真の自分とは何だろうと求めていた。でも明確にそれを探そうと米国に行ったわけでもない。もやもやした中で海を渡った。性転換前の私のようで、見ていて痛いように分かった」。

伊良部は大リーグデビューから2連勝。続くホワイトソックス戦のため、シカゴへ飛んだ。敵地に降り立つとアンディ・ペティット、ドワイト・グッデン、ケニー・ロジャースら投手陣が鉄板焼き店で歓迎会を開いてくれた。和気あいあいとした会の途中、伊良部は突然コウタの耳元で「石島さん、こいつらオレのこと田舎者だと話してるでしょ。分かるんですよ」と言ってきた。コウタは「そんなことない。みんな歓迎してるんだよ」となだめたが、伊良部の心の闇はどんどん大きくなっていく。

そんな中、親身になって心配してくれたのが自身もトラブルメーカーとして知られる左腕デビッド・ウェルズ。伊良部入団時にはメディア上で「反対だ」と公言したが、ひとたび伊良部が本拠地に足を踏み入れると「ウエルカム。君はチームの一員だ」とがっちり握手をしてくれた。

周囲の思いとはうらはらに伊良部の成績は下降線をたどる。ミルウォーキーでは降板時にガムを口から吐きだしたところ、観客に向けてツバを吐いたと間違われて問題に。日本メディアともたびたびトラブルを起こした。結局、環太平洋業務部長兼通訳だったコウタに責任が押しつけられ、スタインブレナー・オーナーから解雇を命じられる。コウタは悔しさのあまり深酒し、翌朝、二日酔いの状態でたばこを吸うとあまりのまずさにあぜんとしたという。1日2箱吸っていたたばこはそれ以来、1本たりとも吸っていない。

コウタは11年に42歳の若さで命を絶った伊良部について「彼ほど投球について詳しく、野球について知っている人はいない。でも『オレって何なんだ?』という人生の中で、野球は“たまたま”だったんじゃないかと思う」という。絵を描くのも抜群にうまく、霊能力などの世界にも興味を持っていた。宿泊ホテルの一角を指さし「あそこに金髪の女性が座ってました」などと言うことも多々あった。移動のスーツケースは密教系やヒンズー教系のグッズであふれた。すべて自分探しにつながるものだった。

コウタは「これはあくまで私の推測だけど」と前置きした上で、伊良部の中の女性的な部分について言及した。「彼はすごく女好きではあったけれど、自分の中の女性的な部分に戸惑っていたふしがある。自分の中でうまく区分けできなかったんじゃないかな」。亡くなる数週間前に団野村から連絡があり、相談に乗ってほしいと持ち掛けられた。「もうこう(女性に)なってますので、いつでも助けますよ」と答えたが、かつての盟友を救えなかったことが心の痛みとして残っている。(敬称略=つづく)【千葉修宏】

ギターをつま弾くコウタ
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