<連載本編は3月19日~23日の日刊スポーツ紙面に掲載>

 全国高校野球選手権大会が100回大会を迎える今夏までの長期連載「野球の国から 高校野球編」。名物監督の信念やそれを形づくる原点に迫るシリーズ2「監督」の第16弾は、横浜(神奈川)を率いた渡辺元智さん(73)です。

 15年夏に同校の監督を勇退するまで、指導者人生は実に半世紀に及びます。春夏通算5度の甲子園優勝に至るまでには、決して成功ばかりではありませんでした。渡辺さんは、それこそ体当たりで、正面から球児たちに向き合って、指導する中で、監督としてのスタイルを確立していきました。

 名将の生きざまを、全5回でお送りします。

 3月19日から23日までの日刊スポーツ紙面でお楽しみください。

 ニッカン・コムでは、連載を担当した記者の「取材後記」を掲載します。

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 渡辺元智前監督は「田中元(はじめ)」として生まれ、野球を続けるために養子に入った。1970年代から2000年代まで、すべての年代で全国制覇を達成。約半世紀にわたり指導者として横浜を、高校野球をけん引してきた。

 名将の原点は「荒くれ者」と表現する選手たちと過ごした激動の昭和時代にあった。体当たりでぶつかり、見つけた信念は「厳しくても、真剣に向き合えば愛情は伝わる。この子を良くしてやろうという思いは通じる」というもの。当時は家庭環境の難しい子も多かった。そんな選手を見るたび、自身の子ども時代と重ね合わせ、真っ正面から向き合った。

 そこにうそがないからこそ、選手はついていったんだと思う。今回、教え子の方々に何人か取材させてもらったが、ある人は笑みを浮かべ、涙を光らせながら約30年以上前のことをうれしそうに話してくれた。「渡辺監督は男としてかっこいいんですよ」。当時、青年監督だった渡辺監督(正確には「前監督」ですが「監督」の表記をご了承下さい)には相当しごかれたはずだが、みなさん今も監督のことを尊敬し慕う。取材に際し、私も何度も監督にお会いさせていただいた。御自宅にもお邪魔し、体当たりの急なお願いを快諾していただくたび、選手の気持ちが分かったような気がした。

 たしなめるやり方にも、渡辺監督らしいと感じたエピソードがある。中日松坂大輔投手(37)は高校時代、コーラが好きだった。飲み過ぎを注意するため、監督はくぎを取り出してコーラと真水の中に1本ずつ入れた。コーラに入れたくぎは直にサビを作ったが、真水はサビなかった。それを松坂に見せた。「そういう実験をして『骨が弱くなるぞ。飲み過ぎるなよ』って言ったこともあった」。頭ごなしに否定するのではなく、芯から理解をさせる。指導の原点の1つだ。

 そんな監督だからこそ、勇退された今も引く手あまた。さまざまな講演依頼を受け、忙しい日々を過ごす。教え子の方々を取材させていただいた時、必ず「最近、監督の体調はどうですか?」と聞かれた。過去には脳梗塞1歩手前の病を患ったこともあるからだ。それでも「野球に恩返しをしたい」と駆け回る渡辺監督の第2の野球人生を、教え子たちはみな応援している。個人的には、いつも側に寄り添い、ほほ笑んできた紀子(みちこ)夫人とともに「原点」をゆっくり巡るような時間ができればいいなと思う。【和田美保】