大野は監督として、継投を多用する。彼が指揮する中学生チーム「うるま東ボーイズ」はボーイズリーグに所属する。そこでは、投手の投球回数に制限が設けられている。

 -中学生の部投手は1日7イニング以内、連続する2日間で10イニング以内とする(日本少年野球連盟主催大会規定から)-

 大野 投手は4、5人いないと大会では勝てません。それが逆におもしろいんです。総合力で勝つというのでしょうか。「勝てる」と思って2番手投手を先発させたら、初回で大量点を奪われて負けたり。そういうこともあるんです。

 ルールがある。だから、どのチームも守る。

 故障防止にはこの点が欠かせない。大野はそう考えている。

 大野 試合でどうするかじゃなく、それ以前にどうするかじゃないですか? 体を守るためのルールがあれば、それに従うしかないですし、迷うこともありませんからね。

 グラウンドに立つ監督や選手にすべてを任せるには限界がある。なぜなら、そこに至るまでの「思い」が介在するからだ。

 98年に横浜高エースの松坂大輔が、明徳義塾との準決勝で9回から登板した。彼は前日にPL学園との準々決勝で延長17回、250球を投げていた。8回裏、チームの攻撃中にベンチ前でキャッチボールを始めた松坂の姿を、大野はテレビで見ていた。

 大野 思わず「よ~しっ、そうだろう!」と声が出ましたよ。松坂君の「オレが横浜高校のエースなんだ」という、おとこ気を感じました。「勝負するのは今しかない」と決断したんでしょう。もし、あの時に将来を考えるなら、投げないんじゃないですか。

 自分自身もそうだった。日本一になりたくて連日マウンドに上がった。773球を投げた。

 大野 将来を考えて、甲子園を通過点ととらえる選手もいるでしょう。でも、僕は違った。あの時は将来のことなんて、まったく考えられなかった。もし、同じ状況になっても、やっぱり投げたいです。

 監督の立場でも考える。もし高校野球の監督だったら、沖縄水産の大野倫を連投させないか? と。

 大野 正直、甲子園だったらすごく迷うと思います。3年間の集大成。全うさせてあげたい気持ちもあります。

 甲子園とは、そういうところだ。高校生活のすべてをかけ、人生をかけるつもりで臨んでいる。

 だから、選手を守るルールが必要だと考えている。

 大野 阪神球団の日程もあるので、簡単ではありませんが…。試合の間隔を見直すことも1つですよね。今は準決勝の前に空き日がありますが、投手にとってその1日がとても大きい。WBCのように球数制限も1つの案だと思います。その方がエースはハイクオリティーで投げられ、他の投手も甲子園のマウンドに上がれる。

 満身創痍(そうい)で投げるエースの姿が、観客の心をつかむ。高校野球には、そうした側面があるのは確かだ。実際、大野も松坂が連投する姿を見て、感動した。

 大野 でもね、例えば大谷翔平君が甲子園に出て、連投でヘロヘロのボールを投げてる姿を見てどう思いますかね。160キロを出すからスタンドが沸くし、興奮や感動する。これからは最高峰の投球、ハイパフォーマンスで感動させるようになってほしい。準決勝、決勝でも150キロを連発したりね。

 そう言って、右腕を出した。甲子園から26年がたった今も、肘は曲がっている。一定以上は、伸びなくなった。

 大野 もう、僕みたいな選手は出てきてほしくないですね。

 自身の決断に後悔は一切ない。

 大野 あの3年間があるから、どんなことでも耐えられるんです。

 現在は、母校の九州共立大の職員として働きながら講演活動もしている。小学校、中学校、大学、企業からもオファーが届く。

 大野 それも甲子園があったからです。

 監督の栽弘義、そして仲間たちと日本一を夢見た日々。それは大野にとって何よりの財産である。

 甲子園に魅了された大野だからこそ、高校野球の未来に思いをはせている。(敬称略=おわり)

【久保賢吾】

(2017年7月2日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)