「捕手は守りにおける監督の分身である」

 野村克也さんが阪神の監督時代、時々口にしていた言葉だ。確かにバッテリーはゲームメーカーである。守りの要。チームにおいて重要なポジションであるのは間違いない。

 少々オーバーな表現かもしれないが、鳴尾浜球場で教育リーグの広島戦を見て、将来、監督の分身に成り得るであろう素材を目にした。

 広陵からドラフト1位で広島入りした中村奨成捕手(18=右投げ、右打ち)だ。昨夏の甲子園大会で個人最多となる6本塁打を放って一躍注目を浴び、鳴り物入りでプロ野球界に飛び込んだ逸材。グラウンドでの動きに高卒の新人に見られがちな緊張感はない。落ち着いている。試合前の守備練習でも戸惑うことはなく、大きな声で内、外野に指示を出し、ノッカーにタイミングよくボールを手渡すなど、身のこなしはすでにプロの選手で、この日はスタメン出場した。打順は3番。期待の表れである。今回は捕手出身の「水本監督から見た中村」に焦点を絞って取り上げてみた。

 プロ入りしてまだ2カ月。現状をどう見ているか。水本監督はこう話した。「まだ高校生ですね。キャッチング、スローイングもね。例えば、スローイング1つにしても、肩はいいと言われていますが、ステップを大きくとって、ゆっくり間合いがあって投げるときはいい球を投げますが、細かい動きで、急いでステップしての送球は、ベースの前で球がお辞儀していますから」。確かに現段階ではプロから見れば物足りないかも知れない。高校野球では通用しても、常に先を見てプレーしていくプロではスキだらけとなる。これから育成過程である実戦(ウエスタン・リーグ)を体験する。捕手として野球を熟知するための状況判断を勉強する公式戦が最高の場となる。ゲーム展開によっていろいろな場面に遭遇する。1つ1つのプレーを貪欲に吸収するチャンスだ。捕手の基本、成長過程の第一歩を踏み出す。

 注目の打撃は、初打席で阪神の左腕岩崎から右前打を放った。安打はこの1本だけだったが、岩崎といえば1軍でバリバリ投げている投手。見どころのある打撃を披露した。この日の試合はグラウンドコンディションが今ひとつで、ゲーム前の打撃練習は室内で行われた。残念ながら中村のバッティング練習は見られなかったが、素質は高校時代に実証済み。水本監督は「やはり、まだ体の線が細いですね。しっかりしたプレーをするためには、もっと体ができてこないとね」と厳しい目で見ているが、広島は昨年も捕手で素晴らしいバッティングの持ち主、坂倉を獲得している。よきライバルとして競い合えば成長は間違いない。

 キャッチャー中村。まずは、監督預かりの1年になるだろう。「そうですね。そういう意味では本当、楽しみです。でも、彼の場合、ドラフト1位であったことから、もう、今からプロの選手として周りは見ているわけで、ちょっとかわいそうですね。まだ高校生ですよ。せめてドラフト3位ぐらいだったら、いろんな面で申し分なかったと思いますけど」。同情する水本監督だが、この言葉とは裏腹にどちらかといえばズケズケと物申すタイプ。マンツーマンの厳しい指導になるだろうが、若手育成には定評のあるチームだ。捕手。一人前に成長するまでには少々時間を要するポジションだが、今年は鳴尾浜球場での広島戦が楽しみだ。

 「まだ力不足ですから、やることはいっぱいあります。練習あるのみです」と中村も満足する様子はない。己をしっかり見つめ、受け止めている。期待大の素材だ。

 そして、捕手として、まず最低限身につけておくべきこと-。捕球したときのミット。いい音を響かせピッチャーを調子に乗せる「捕球術」。早く、強く、正確な「送球術」。巧みな投手リードは当たり前。他にも、敵味方への、気配り、目配り。相手ベンチ、相手打者、味方ベンチ、味方投手の調子、精神状態を見抜く「洞察力」である。簡単には身につくものではない。貪欲に吸収することだ。【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)