実戦でつかむ経験。若手の成長には欠かせない大事なことである。野球の基本をはじめ、ゲーム展開の、その時々の場面によって起きる様々なプレーを身をもって体験できる貴重な場。そして、何事も貪欲に吸収して自分のものにしたとき、この世界で生き抜くための一番大事な自信を手にすることができる。目指すのは夢の桧(ひのき)舞台だが、これが育成選手からはい上がろうと思うと大変だ。プロ野球界に入団したとはいえ、1軍の試合には支配下選手に登録されてからでないと出場できない身分。2軍戦出場のチャンスすらままならない。華やかに見える世界だが、育成選手には安い年俸に加え、身分の保証もないのだ。

 4月10日から鳴尾浜球場で行われた阪神-ソフトバンク3連戦で1、2回戦ともソフトバンクの先発マウンドには渡辺健史投手(20)と長谷川宙輝(19)の両育成左腕が上がった。

 育成の現状は、経験を積む場のチャンスをつかむのが大変。両投手の間で激しく競り合い、次の経験を積む場のチャンスを約束されたのは渡辺健だった。4回を2安打無失点、無四球1三振がこの日のピッチング内容。福岡・飯塚高の出身。今シーズン3年目を迎える若手で昨年、一昨年の2年間はウエスタン・リーグの登板はなかった。ただ3軍では入団した年、14試合だった登板数が、昨シーズンは41試合と大幅アップ。成長の兆しは見せていたが、それでも、まだまだアマチュアや独立リーグ相手のマウンドにも上がっている。試合後、話しを聞きに行った。なかなかのイケメンだったが、本当に純粋に野球の好きな若者に見えた。

 野球が好きだ。野球がしたい。野球を諦め切れずに飛び込んだ世界だが、生やさしい世界ではない。昨年もソフトバンクは育成選手だけで5人も整理されている。それでも、あえて挑戦する意気込みは素晴らしい。渡辺健もその1人。ウエスタン・リーグでは初先発。要するに公式戦と称する試合に先発するのに3年をかけた苦労人。苦節3年の感想を聞いてみると、にっこり笑って「うれしかった」と言った。実に純真な言葉が返ってきた。大体は「緊張した」とか「しなかった」とか「調子が良かった。悪かった」など愛想ない返事が多い中、初々しい気持ちに心を打たれた。好きなものに打ち込めるタイプだ。

 今年からソフトバンクのピッチングコーチは、昨年まで阪神の投手陣を指導していた久保コーチが就任している。チームの方針を含めた育成法を聞いてみた。「何事も経験してみないとわかりませんからね。やっぱり選手はみんな経験を積んで成長していきますから。そこで我々コーチがいいタイミングを見計らって、ワンランク上のレベルでも経験を積ませてやることが成長につながるわけですよ。渡辺ですか…。4回で代えたのは中4日の登板でしたからね。でも、球は低めに集まっていましたし、もう1度チャンスを与えてみる予定です」と打ち明けてくれた。

 渡辺健にひと筋の光が差し込んできた。数多くいる育成の中でつかみかけているチャンス。私には「いまひとつ球速があれば」と映ったが、これから足腰を鍛えて体力がつけば体も大きくなって球は自然に速くなる。この試合で注目したのは2回だった。先頭の板山に右中間三塁打を浴び、後に控えていたのが中谷、陽川、江越の1軍経験者。厳しい場面を迎えたが、中谷から順番に三ゴロ、遊飛、三ゴロで無失点に抑えた。何事にも勝る経験をした。「球を低めに集められたのがよかったです。本当、いい経験ができました。僕たちは結果を出して、次にまたこういう経験ができるチャンスをつかんでいくことだと思いますので、しっかり練習してレベルアップしていきます」は渡辺健。ソフトバンクは千賀をはじめ育成からはい上がった選手は何人もいる。いい手本があるのも強みだ。

 プロ野球の世界にもこうして底辺で汗と泥にまみれて頑張っている選手がいます。温かく見守ってやって下さい。【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)