土俵際まで追い詰められた。徳俵に足がかかっている。後がない。苦しい体制。必死に耐えて攻勢にでるチャンスを狙っている。

 一見華やかに見えがちなプロ野球選手界の話だが、実情は実力主義そのもの。生易しい世界ではない。整理されるか、生き残れるか。毎年各チームには厳しい競争社会を勝ち抜くために人生をかけている選手がいる。私も体験した。10年目の5月ころ、当時のピッチングコーチから「一度下(アンダーハンド)から投げてみないか」のアドバイスを受けた。「わかりました」と返事はしたものの「ああ、終わった」一瞬、頭をよぎった。もちろん覚悟はできていたが、その瞬間のむなしい気持ちは今でも鮮明に覚えている。経験しているだけに選手の気持ちは手に取るようにわかるから辛い。

 今年も、人生をかけている選手がいる。阪神・西田直斗内野手(25)である。名門・大阪桐蔭から入団して今季7年目。桧舞台を夢見てプロ野球界の門をたたいた。弱肉強食、甘い世界ではない。夢だった桧舞台出場は1試合のみ。2013年7月28日甲子園球場で行われたDeNA14回戦、結果は2打数2三振。内野ならどこでも守れる万能選手だが、昨年は育成選手に降格している。屈辱は約半年で支配下選手に登録されて晴らしたが、厳しい現状にはかわりない。

 華やかな世界かもしれない。世間から注目を浴びる職業かもしれないが、生き残りをかけた舞台裏入団時に見ていた夢とはかけ離れた壮絶な戦いとなっている。実力の世界、西田は「もちろん、今年が最後だと思ってグラウンドに出ていますが、今は失敗を悔やんでうしろ向きに考えてもいい結果は出ないと思いますので、常に前を向いて進むようにしています。いままでは打てなかったりすると悩んだりもしましたが、最近はすっと前向きになれるようになりました」の心境。確かにくよくよしていい結果が出せるはずがない。とにかく最終的な結果がどうであれ、悔いは残したくないのだ。

 矢野監督、シーズン終了時には生き残りを決断する立場だが「よくやっていますよ、3月にケガをした時なども結構早く治して出てきていたし頑張っていますよ。彼の場合、追い込まれても右に左に持ち前のバットコントロールで打ち分けるタイプですから、アピールするのはバッティングですね。ただ、現在の西田に求めたいのは気持ちです。野球に取り組んでいり気持ちをアピールしてほしい」の注文を出した。バッティング担当の浜中コーチの「あまりにも完璧に打とうとし過ぎていますね。もっと当たりそこねのヒットでもいいから、持ち味のバットコントロールを生かしたバッティングをしてほしい」というアドバイスを実証するホームランを放っている。

 15日、甲子園球場で行われたウエスタンの中日戦である。1点をリードされた9回裏の一死一塁。変化球。やや泳ぎ気味。フォームを崩されながらも、右手1本で捉えた打球は右翼は今季1号の逆転サヨナラホームラン。まさしく、バットコントロールがなせるワザの一発。そして、19日の鳴尾浜球場でのオリックス戦。同点で迎えた9回裏の一死満塁。一打サヨナラ勝ちの場面は代打で登場。大いに期待を寄せたが、三球三振「打ちたかった」には実感がこもっていたが、この打席では矢野監督が指摘した気持ちに問題と見た。いい日があれば、悪い日もある。一喜一憂する日が続く。

 一日一日、1試合1試合、1打1打、1球1球たりとも息が抜けない。西田は「今シーズンは矢野監督になって、我々の方を向いて指導してくれていますし、いい方向へ導いてくれていますので、頑張れます」と前向き。覚悟にまさる決断はないという。覚悟はできている。もう怖いものはない。25歳。まだ若い。