あれは何年前のことでしょうか。ハッキリ覚えていませんが、もう10年ぐらい前のことかもしれません。ヤクルト-阪神戦の取材で出向いていた神宮球場でのことです。

関係者出入り口から球場内に入ろうとすると、入り口左側、室内練習場の方からなんだか目を引く男性が歩いてきたのです。

沢田研二でした。若い読者にはピンと来ないかもしれませんがこちらの世代にとって沢田研二が目の前を歩いている、というのはなかなかに衝撃的なことです。失礼を承知で「日刊スポーツの阪神担当なんですが…」と思わず声を掛けてしまいました。

ムッとされるかな、と思いましたが沢田は「ああ。日刊さんですか。阪神の記者さんなんやね」と言って、笑顔で対応してくれました。

熟年の方々には言うまでもありませんが、沢田はグループサウンズ「ザ・タイガース」の出身です。このグループ名は地元・京都から出てきた沢田たちのために、音楽家のすぎやまこういち氏が「関西なら阪神、タイガースだね」と言って命名されたというのも有名な話です。

そして沢田も熱心な虎党でした。「時間があるときはフラリと来るんですわ。阪神戦。東京ドームはちょっとあれやけど、ここは来やすいんでね」。神宮で会ったときに、関西弁でそんな話をしてくれました。

それ以来、シーズン・オフで阪神の企画を考えるとき、いつもそのことを思い出していました。沢田はいまの阪神をどう見ているのでしょうか。聞いてみたいな。実はこのオフもそう思っていました。

しかしすでに大手プロダクションの所属でもなく、周辺に聞いても以前とはなんとなく違うという話を聞いて、オファーを出すのに二の足を踏んでいました。

そこへ来て、今回の「コンサート中止」騒動です。驚いたというか、ありゃ~というのが正直なところです。

日刊スポーツの記事によれば、要するに観客の入りに不満だったため、自分の判断で中止にしたということのよう。もちろんファンの立場からすれば、そんなおかしな話はありませんし、言い訳はできないでしょう。

でも正直、私は「しかし、あの沢田研二やもんな~」と少しだけ思ってしまいます。かつての大スターが、高齢になったからといって、お客さんが少ない前で歌いたくない。そんな気持ちも、なんとなく分からなくもないのです。もちろん、そう思っても来てくれる人を大事にすべきで公演するのがプロ。今回のことが許されない行為であるのは繰り返しておきますが。

★ ★ ★ ★ ★

さて、野球、つまり阪神タイガースの話です。

今季まで指揮を執った金本知憲の辞任には正直、驚きました。もうすでにいろいろなメディアで表に出ているので書きますが、いわゆる球団側に慰留の気持ちがなかったということで「解任色の濃い辞任」ということでしょう。

3年前、阪神を変えてくれと言ってしぶる金本を説き伏せ、ユニホームを着せたことを考えれば、なんとも信じ難い結果だと個人的には思っています。

すでに新監督・矢野燿大の新体制となって前に進もうとしているので、ガタガタ言いませんが、矢野監督に対する球団の対応は今後も見ていきたいと思います。

だけど、今回、ここで書きたいのはそういうことではありません。阪神という不思議な球団について、です。

広島がセ・リーグ3連覇しました。勝つチームがいれば負けるチームもいます。それは当然のこと。みんなが勝てる訳はない。逆に言えば「負けるチームがいるから勝つチームがいる」ということも言えます。

阪神は伝統球団と言いますが、正直、歴史的に見て強い球団とはとても言えない。日本一も監督・吉田義男の下で達成した85年のたった1度だけです。よく阪神首脳は「ウチは勝たなければいけない宿命」などと言いますが、歴史的に見て、そんなチームではありません。これはとても不思議なことです。

今季、最下位になって虎党がショックを受けているのは監督・星野仙一で03年に勝って以来、強くなってきたからでしょう。その意味では「勝たなければ」というのは間違ってはいませんが、なんだか違和感もあるのです。

阪神はいまでも12球団でもトップクラスの人気を誇ります。普通に考えて、勝たないチームがなぜ、そんなに人気があるのでしょうか。

いわゆる「勝ち組」「負け組」という言葉は好きではありませんが、世の中にはそういう表現がピッタリ来ることは確かにあります。

例えば会社員。業績のいい安定した企業に入れば、そんなに働かなくても、給料はいい。逆に自分が頑張っても不安定な会社なら収入も低いし、先が不安です。入社試験での採用・不採用の結果が、あとあとまで続くのです。

いまは会社も途中で止めたり、入ったりするのが普通ですが、それでも、それでキャリア・アップしていけるのは実際のところ、少数ではないでしょうか。会社員だけでなく自営業者でも、あるいは学生でも「なんだかな~」と思いながら過ごしている人はたくさん、いるのです。

個人的な見解ですが、そんな人からすれば、阪神はピンと来るのです。

毎年、6球団によるペナントレースに参加する。「今年こそ!」と言って。だが負ける。ああ、また負けた。しゃあないな。また来季や。そんな感じでしょうか。

そりゃあ勝つのはいい。気持ちが良い。でも負けても仕方ない。負けたからといって存在を否定されるわけでもない。しゃあないな。そういう感じの阪神が悪くないと思うのです。

「それが負け犬根性なんだ」と言われるかもしれませんが、そういうものではないと私は思います。勝つときもあれば、負けるときもある。そして負けるときの方がはるかに多いのです。人生は。

だからこそ「次は」という気持ちになるのです。だからこそ勝ったときの喜びも大きいし、応援したくなるのです。阪神に触れていて、そんな気になります。

沢田研二は「今回のチケットを持っていてくれれば次に…」という趣旨のことを言っているそう。後悔しているのでしょう。その気持ちも分かるような気がします。もう1度、チャンスがあればなと思います。

あえて、言います。

ザ・タイガースだった沢田研二も。阪神タイガースも。頑張れ。(敬称略)