インパクト抜群の名前を全国に知らしめた。2点を追う9回無死1塁、報徳学園(東兵庫)の5番糸井辰徳外野手(3年)は済美のエース山口直の123キロスライダーを強くたたいた。

 打球は左翼手の頭上を超え、1点差に詰め寄る適時二塁打。一塁ベンチに向かって何度も右の拳を突き上げた。「絶対打ったろうと思っていました。意地は出せたので悔いはないです」。ラストサマーで味わう初めての聖地は、10打数6安打3打点と打ちまくった。

 阪神糸井嘉男のはとこで、10歳上の兄慎太朗さんは報徳学園の捕手で甲子園に3度出場。辰徳の名は、巨人ファンの父が原辰徳氏にあやかって付けた。生粋の野球少年と思いきや、かつてはセミに夢中な虫取り少年だった。それでも野球に打ち込むようになったのは、互いの実家が目と鼻の先というプロ野球選手の「ヨシ兄ちゃん」に憧れたから。両親は一番広かった寝室を打撃部屋に改造。辰徳は慎太朗さんとともに、粘着テープを丸めたボールを壁に向けて打った。辰徳が中学生の頃、帰省した慎太朗さんは、身に覚えのない穴が壁に開いていたことに驚いた。

 3回戦後のヒーロインタビューをテレビで見た仲間には「インタビューの練習しないとな」といじられた。「ヨシ兄ちゃん」と同じ甲子園のライトを守った印象は「ゴロがヘビみたいに動きます」。天然さの中にも、どこか期待感を抱かせるのは超人の血筋だろう。

 「ヨシ兄ちゃん」には、甲子園出場を決めると「感動した」とメールで祝福された。これからなんて報告するの? 「『負けちゃった』って報告します」。お兄さんには? 「野球を教えてくれてありがとう。大学でも応援してください」。辰徳の最初で最後の甲子園は、涙のち笑顔で幕を閉じた。【吉見元太】