9日、楽天の新人合同自主トレがKoboパーク宮城の室内練習場でスタート。ドラフト1位の藤平尚真投手(横浜)は恒例の「20メートルシャトルラン」に挑戦し、14人中4位の110回を記録した。「横浜高校でもランメニューはやって来た」と笑顔。大勢の報道陣を前にしても軽快にピッチャーノックをこなし、緊張した様子は感じられなかった。将来性を買われてのドラフト1位指名。この日視察した梨田昌孝監督(63)も「今年1年はしっかり体づくりにあててもらってもいい」と話した。藤平も「焦らない。まずはキャンプインまでにしっかり調整する」と目を輝かせていた。どんな記者に対しても、真っすぐ気持ちを自分の言葉で発するのが藤平の良いところ。この日は、練習前に球団スタッフ1人1人に「藤平と申します。よろしくお願いします」と、相手の目を見て、両手で握手していた姿が印象的だった。「金の卵」が自分で決めた道を一歩ずつ歩み、成長をしていく姿を楽しみに見ていきたい。

 約1カ月前の、決意に満ちた顔が忘れられない。12月4日、千葉県内のホテルで行われた「プロ入団祝賀会」でのことだ。この日は、野球を始めた富津市のスポ少時代の仲間や、千葉市シニアの関係者、横浜のチームメートら約250人が集まった。千葉市シニアの加藤正次監督(58)は「中1の秋に初めて見た時、ヒジの使い方が柔らかくて、スピンの効いた球を投げるピッチャーだなと感じた。一緒に野球がしたいとすぐに思った」と“一目ぼれ”だった出会いを披露。小学生時代に楽天イーグルスジュニアで活躍した、横浜前主将の公家響(3年、福島出身、明治大学進学予定)は「普段は少し天然なところがあるけれど、そこが尚真の良いところ。一方で、野球へのストイックさには感心する。こういう会に出ると『いつか自分も』とやる気になります」と刺激を受けていた。藤平はこの日、コーラなどの炭酸飲料は一切飲まなかった。引退後も練習に顔を出し、合宿所近くのジムに通うなどして体重維持に努めていたと言う。高校生らしい一面が見られたのは、スピーチで「いつかハマー(外車)に乗ってみたい」と言った時だろうか(その後すぐに父・武美さん(43)から「国産のプリウスにしなさい」と制されるが)。幼少時代「やんちゃ」だったことはこの日の関係者の話で想像ができた。本当は、甘えん坊の1人っ子。母・直美さん(43)は「家を出て、横浜高校の寮に入り、渡辺元智前監督、平田徹監督にしっかりと人間教育していただきました」と深々と感謝する。

 会の最後、両親、祖父母への手紙を読み上げる時間があった。野球で活躍できたのは母方の祖父・幸一さん(70)のおかげ。最速152キロの剛速球は、幸一さんの指導がなければ成しえていなかっただろう。「キャッチボールをしたり、バッティングセンターに連れて行ってくれてありがとう…」と頭を下げた。そしてそのあと、父へのメッセージへと続いた。

 「父さん。野球を何も知らなかった、父さん・・・・」

 この瞬間、ドッと笑いが起こった。そう、父・武美さんは野球の知識が深いほうではなかった。息子に野球を教えたことはほとんどない。場内の反響に、少しキョトンとした藤平。しかし、真顔でこう続けた。

 「そんな父さんが、野球を必死に覚えてくれた姿、応援してくれた姿、トランペットを覚えて、誰よりもチームを応援してくれた。こんなすてきなお父さんはどこにもいません。自慢の父さんです!」

 シーンと場が静かになった。次に訪れたのは、笑いではなく、大きな歓声と拍手だった。そう、センバツ出場が絶たれた高2の秋の関東大会。あの時、過呼吸になるほど号泣し、失意のどん底になった藤平を、そしてチームを励まそうと武美さんなりに考え、ひと冬かけてトランペットを独学したのだった。楽器演奏は未経験。職場にマウスピースを持ち込んで、音を出す練習をした。そして、夏。甲子園のアルプススタンドで演奏できるまでになった。

 そんな姿を、息子はしっかりと覚えている。メッセージを聞いた武美さんの頰には、ひと筋の涙の線が光っていた。

 会のしめくくりは、応援指導部とブラスバンド部による「横高応援メドレー」。もちろん武美さんも演奏した。新人自主トレ初日、藤平に確認することはできなかったが、両親に誓った言葉はいつも胸にあるはずだ。そして、何か壁にぶつかった時、父が吹いてくれたトランペットの音色を思い出すに違いない。【樫本ゆき】

「野球に誰よりも向き合い、野球を観てくれる方々の支えとなれるような選手になります」と誓った
「野球に誰よりも向き合い、野球を観てくれる方々の支えとなれるような選手になります」と誓った
祝賀会にかけつけた横浜3年生のチームメートたち(中央の赤いネクタイが藤平)
祝賀会にかけつけた横浜3年生のチームメートたち(中央の赤いネクタイが藤平)
新人合同自主トレで、Koboパークのポール間をダッシュする藤平(左から3人目)
新人合同自主トレで、Koboパークのポール間をダッシュする藤平(左から3人目)