作新学院(栃木)を史上初の甲子園春夏連覇に導き、元巨人の江川卓氏(61)らを育てた山本理(おさむ)氏が19日午前2時ごろ、病気のため宇都宮市内の自宅で死去した。83歳。宇都宮市出身。葬儀・告別式は24日午後1時半から宇都宮市上欠町719の1、宇都宮市悠久の丘で。喪主は長女真理(まり)さん。

 栃木・作新学院から神奈川大を経て、56年に母校の監督に就任した。58年夏に甲子園初采配でいきなりベスト4入りすると、62年には元ロッテの八木沢荘六氏(71=日本プロ野球OBクラブ理事長)、故加藤斌氏の両エースを擁して史上初の甲子園春夏連覇を達成。当時は春夏とも最北端の優勝だった。73年には「怪物」と呼ばれた江川氏を擁し、春夏連続出場。その後は総監督に就任し、チームを支えた。元阪神の島野育夫氏(享年63)ら多くのプロ野球選手を育てた。部長時代を含めて甲子園には春6回、夏5回出場。7年ほど前から体調を崩していたが、今夏の甲子園で春夏連覇以来54年ぶりの優勝を飾った際には、八木沢氏と連絡を取り合い、「本当に良かった」と喜びを語っていた。

<作新学院OBのコメント>

 ◆八木沢荘六氏 温厚な監督でした。言うべきことはちゃんと言って、親身になって指導してくださったこと、大変感謝しています。甲子園まで連れていっていただき、春夏連覇という信じられないような経験をさせてもらいました。7年くらい前から、あまり体調は良くないと聞いていましたが…。誠に残念です。心よりご冥福をお祈りいたします。

 ◆江川卓氏 熱心な指導をされる、という印象が強く残っています。僕が1年のとき前監督の後を引き継ぎ部長兼任監督になられ、2年からは監督専任でした。厳しい半面、あれこれ細かく言われたことはありませんでしたが、「やりたいことは全力でやりなさい!!」とだけ指示されていました。フォームをいじられたこともなく、自由に、自在に、やらせていただいたことがありがたかったし、プロの原点を築いてくれたのだと思います。