野球の神様は最後、どちらにほほ笑むのか? 時に、その微笑ひとつで、劇的なドラマを生み出すのが、高校野球の世界である。今も記憶に残る過去の名勝負に「今」を加味して、振り返ってみる。題して「あのとき、あの1球」。第1回は、今夏の甲子園で八戸学院光星(青森)が東邦(愛知)との2回戦で喫した壮絶なサヨナラ負けを振り返る。9回裏、東邦の応援はスタンド全体を巻き込み、一体となった手拍子、無数のタオルが振り回された。光星にとって完全アウェーの状況で、5失点し崩れたエース桜井一樹投手(3年)は、聖地のマウンド上で何を感じていたのか。真相を語った。

 「全員が敵なんだと思った」。

 4点リードの最終回に4連打を含む6安打を浴び、壮絶なサヨナラ負けを喫した桜井が試合後に発した言葉にすべてが凝縮されていた。9回裏、東邦の攻撃開始と同時に、アルプス席からブラスバンドの爆音が鳴り響く。その音色に合わせるように手拍子が起こり、無数のタオルが振り回されている。4万人を超えるスタンド一体となった大声援が、マウンドに襲いかかってくる錯覚に陥った。甲子園に潜む魔物を体感した桜井は、悪夢を振り返った。

 桜井 子供の頃から負けた試合はあまり見ない。8回まで見たけど9回は…。(1死一塁で)藤嶋(健人投手、中日5位)を中飛に抑えて、ほぼ勝ったと思った。(2死一、二塁、6番中西に左前打を許して)レフトに抜けてからは記憶がない。見たら思い出せるけど…。

 だが、最後の1球だけは鮮明に覚えていた。同点に追いつかれ、なお2死二塁。8番鈴木理の2-1からの4球目、123キロのスライダーが真ん中に入った。

 桜井 投げた瞬間、打たれるって思った。試合後は自然と涙が出て、整列で藤嶋に「次頑張れ」って声をかけた。その後、スコアボードを見たら、エースとして情けないって思えてきて、また泣いた。

 試合後、報道陣の前に現れた桜井の目は赤く腫れていたものの涙はなかった。

 桜井 三塁側から一塁側に歩いていく時にバックネット裏から「よく頑張った」と声をかけられた。さっきまでタオルを回して全員が敵だと思っていたので、何を言っているのか分からなかった。うれしく聞こえなかった。そこから涙が出なくなった。

 完全アウェーの応援を、結果的にはね返せなかった。

 桜井 見渡すと、光星側の三塁ベンチ上までタオルを回していた。アルプスにいた光星の選手たちと、お父さん、お母さんだけが味方だった。でも相手の応援は関係なかった。自分に力がなかっただけ。「負けたくない」と思って逆に力みが出た。球が浮いていたのは分かっていたのに、最後まで修正できなかった。

 卒業後は仙台6大学リーグの東北福祉大に進む。得意の打撃を生かして野手転向も考えたが、投手1本で勝負する。敗戦を糧に成長を誓った。

 桜井 負けたけど、いい経験だった。次に生かさないと終われない。これからも投手をしていく上で、誰もが経験できることではない。だから大学でも投手を続けようと思った。光星の同期・田城(飛翔外野手、ソフトバンク育成3位)がプロで待っている。同じ舞台に上がりたい。そのためには入学1年目から結果を出したいですね。【取材、構成・高橋洋平】

 ◆桜井一樹(さくらい・かずき)1998年(平10)7月29日、群馬・高崎市生まれ。西部小1年から野球を始め、八幡中では高崎ボーイズに所属。中3夏には野茂ジャパンに選ばれ、東邦・藤嶋とともに米国遠征を経験。八戸学院光星では1年春からベンチ。高2秋からエースを任され、2季連続甲子園出場。171センチ、73キロ。右投げ右打ち。家族は両親と姉2人。

 ◆八戸学院光星対東邦(甲子園2回戦) 相手先発藤嶋に6安打3四死球で4点を奪い、3回途中でKO。9回までに9得点したが、7回からリリーフした桜井が3点を奪われ4点差で9回に突入。先頭の1番鈴木光が打席に立つと球場の雰囲気が一変し、左前打を皮切りに、4連打を含む6安打を浴びてサヨナラ負けを喫した。