<高校野球埼玉大会:浦和学院6-0埼玉平成>◇25日◇準々決勝◇県営大宮

 今春のセンバツ優勝投手、浦和学院のエース左腕小島和哉(2年)が、自身初となる完全試合を達成した。切れのある直球とスライダーで内角を突いて9三振を奪い、芯にとらえられた打球はわずか数回と、ほぼ完璧な内容だった。同大会では23年ぶり3人目、史上4度目の快挙となった。

 幕切れは劇的だった。27人目の打球は一、二塁間を抜けた。安打性の打球を右翼手が一塁に好返球で、ライトゴロで記録が生まれた。ため息交じりの歓声は、すぐに興奮気味のそれへと変わった。マウンド上の小島は「最後まで気を抜かせない。神様のいたずらかと思いました」と大記録の重みをかみしめた。

 8回表の守備が終わりベンチに戻ると、森士監督(49)から「代わるか?」と聞かれ、「代えて下さい」と答えた。だが、もう1度「本当にいいのか?」と聞かれ、「やっぱり投げさせて下さい」と志願した。

 ある記憶がよみがえった。4回戦(20日)の春日部戦で8回まで無安打無得点投球だった。だが、森監督の「個人の記録よりチームの勝利が大事」という方針から8回で降板した。この日も最初は「甲子園での勝ち方も考えて」と継投策を受け入れたが、再び監督から聞かれた時に、エースの意地とプライドが出た。

 気持ちは熱くても、力みのない投球だった。今年5月に対面した憧れの桐光学園・松井から、スライダーの握り方を伝授してもらった。7月1日には桐光学園との練習試合(浦和学院グラウンド)で準完全試合を見せつけられた。「松井さんのスライダーはやばすぎます」。少しでも松井に近づきたい、と磨いたスライダーで、打者の懐をえぐった。

 埼玉平成には、小島対策で打者11人のうち、10人の右打者を並べられた。だが、自信のある内角攻めで、わずか97球で料理した。浦和学院元部長で埼玉県高野連の高間薫専務理事(58)は「右、左どちらの打者へも自信を持って内角へ攻めている。そこが良かった」と分析した。

 小島は試合後、森監督とクールダウンのキャッチボールを行った。言葉はなくても、気持ちは通じていた。小島は「前のことがあって、こういう記録はたしかにうれしいです」と笑った。観戦に訪れた母美和子さん(52)も「あの子らしい投球でした」と喜んだ。小島は記念球を手にして、困ったような表情を見せた。「お母さんか、森監督に渡したいです」。そう言うと、記念球を大事そうに左ポケットにしまい込んだ。【栗田尚樹】

 ◆小島和哉(おじま・かずや)1996年(平8)7月7日、愛知県弥富市生まれ。小学1年から野球を始め、中学は行田シニア所属。高校1年春からベンチ入りし、今春のセンバツでは全5試合に先発し優勝投手。趣味は寝ること。LINE(無料通信アプリ)の待ち受け画面は桐光学園・松井裕樹。自己最速は143キロ。持ち球は直球、カーブ、スライダー、チェンジアップ、スクリュー。家族は両親と兄。175センチ、74キロ。左投げ左打ち。