<高校野球神奈川大会:東海大相模13-0向上>◇30日◇決勝◇横浜スタジアム

 東海大相模が3本塁打を含む19安打13得点で向上を圧倒し、4年ぶり9度目の夏の甲子園出場を決めた。

 恩師の墓前に誓った優勝報告に、声を詰まらせた。「甲子園に行きたかった。どうしても勝ちたかった」。試合後、東海大相模の門馬敬治監督(44)は目に涙をためていた。5月29日に、東海大時代にコーチで仕えた原貢氏(享年79)が亡くなった。自ら目標に掲げ、貢氏も理想とした「アグレッシブ・ベースボール」で、19安打13得点と打線が爆発。4年ぶりの夏の甲子園をつかみ取った。

 積極的に振った。初回1死、2番杉崎成輝内野手(2年)が先制弾を右翼席に放り込むと、7回には5番南谷勇輝内野手(3年)も右翼席に、8回には杉崎がこの日2本目を右中間に突き刺した。3本のアーチ攻勢で向上を沈めて、杉崎は「2本打ったのは初めて。積極的に振っていけたのが良かった」と会心の笑みを見せた。

 打ち勝つ信念を貫いた。転機は、大会前最後の遠征となった練習試合の大阪桐蔭戦。好投手4人を擁しながらも、強打で鳴らす相手に大量失点を喫して負けた。「打ち勝つ野球が原野球。投手には打たれるんだということを、チームには打たないと勝てないということを分かって欲しかった」。攻めて勝つ。門馬監督のチーム方針は固まった。

 冬場の振り込みが勝負の夏に実った。7試合で93安打73得点。11本塁打は大会タイ記録。この日本塁打を放った南谷は「毎日のように2時間以上、1500スイングした。センターを意識して強い打球を打った結果」と、冬場の鍛錬で自信をつかんだ。

 門馬監督には期するものがあった。「オレの原点は原のおやじさん。動かないで失敗するより、動いて失敗しろ、と。手を緩めず攻め続けられた」。大会を通じて積極的に仕掛け、大量得点を積み重ねて頂点に立った。「おやじさんにいい報告ができる」。試合後は1人、相模原市にある原氏の自宅へウイニングボールを届けた。【高橋洋平】

 ▼11本塁打は神奈川の1大会最多本塁打タイ

 前回は日大藤沢が85年に記録。だが5回戦で、優勝した藤嶺藤沢に4-11で敗れた。