<全国高校野球選手権:佐久長聖3-1東海大甲府>◇14日◇1回戦

 これが、佐久長聖(長野)の“必勝リレー”だ。東海大駅伝部監督、両角速(はやし)氏(48)の次男、両角優投手(3年)が2番手で登板し、3回無安打5奪三振で無失点に抑えた。6回1失点だった先発の寺沢星耶投手(3年)を救援し、東海大甲府(山梨)を破り、12年ぶりの勝利を挙げた。

 佐久長聖のエース両角が渡された「タスキ」をきっちりつないだ。先発寺沢が6回を1失点に抑えると、2-1で迎えた7回からマウンドへ。初の甲子園に緊張感はMAXだ。2アウトから死球に暴投で走者二塁。「この回駄目なら負けるんだぞ」と自分に言い聞かせ深く息を吸う。勝負球は「打たれる気がしなかった」という自慢のスプリットだ。

 空振り三振に取ると、小さく雄たけびを上げた。結局3イニングをノーヒット無失点締め。最後の打者を三ゴロに打ち取ると、今度は大きな雄たけびで喜びを爆発させた。「信頼している寺沢がいい雰囲気で回してくれた。打者も点を取ってくれた」と、一丸となってつかんだ勝利を振り返った。

 父は東海大駅伝部監督の速氏。11年3月までは、佐久長聖で駅伝部監督を務め、多くの箱根駅伝ランナーを送り出したカリスマ指導者だ。箱根優勝へ、一年中情熱を傾ける父は偉大な存在。兄駿さん(21)も、高校時代全国トップ級のランナーだった。そんな環境ゆえ、小学生の時は帰宅すると父から「取りあえず走ってこい」と、1日3キロ走を課す声が飛んだ。「体力の基礎がつきました」。走力自慢のチームにおいても、長距離走では必ず1番。「連投しても疲れを感じない」という下地はそこでつくられた。

 陸上の道か、迷った時期もあった。佐久東中野球部3年の時には、助っ人で駅伝大会に出場。結果次第では転向も考えたが入賞もかなわず、陸上の道は諦めた。

 それでも父は「好きなことをやればいいんだ」と応援してくれた。大会前には「試合見にいくよ」とLINE(ライン)が届いた。家族全員に見守られる中、マウンドで輝いた。

 父と兄に加え、母貴子さん(47)もスピードスケートで全国大会を経験している。「晴れ舞台を見せられてよかった。自分だけ全国行ってなかったので」と、一家の仲間入りを果たし胸を張った。【加藤雅敏】

 ◆両角優(もろずみ・まさる)1996年(平8)9月28日生まれ、長野県出身。小2から野球を始め、ポジションは主に投手。佐久東中では軟式野球部。最速139キロ。好きな言葉は「死ぬこと以外はかすり傷」。183センチ、80キロ。右投げ右打ち。家族は両親と兄。