ひょっとすると、男同士のハグ(抱擁)を目にして、しんみりしたのは、初めてだったかもしれません。

 4月22日、テキサス州アーリントンで行われた「レンジャーズ-マリナーズ戦」の試合前、クラブハウス内でイチローと同僚ヘレディアが、固いハグを交わしていました。試合に備えてユニホーム姿のイチローに対し、ヘレディアは私服姿。直前にマイナー降格を告げられたヘレディアが、イチローの元へあいさつに出向いた際の光景でした。

 17連戦の真っただ中だったこの日、先発5番手のラミレスが復帰することに伴い、出場選手枠の入れ替えが行われることは、事前に知られていました。当初は、救援投手が降格すると思われた一方、登板過多が続いたこともあり、マリナーズの首脳陣は外野手枠を「4」に減らすことを決断。左腕キラーとして打率3割1分の好成績を残していたヘレディアが降格することになりました。

 その数日前から、地元シアトルのメディアが、降格対象としてイチローの名前を挙げていたこともあり、今回の「人事」は波紋を広げました。44歳のベテランを残し、27歳を降格させたことを「非論理的」とする論調が噴出するなど、イチローの周囲には逆風が吹き荒れていました。

 もっとも、マリナーズ首脳陣にすれば、このような状況は、すべて想定内だったはずです。キャンプ中、昨季までの正左翼手ギャメルが故障離脱したことに伴い、イチローを獲得しましたが、同時にギャメル復帰後のシナリオも描いていました。近い将来、殿堂入りが確実なイチローに対し、他球団がマイナー契約のオファーをためらう中、メジャー契約を提示して最低限の立場を保証したのも、それだけイチローの存在価値を認めていたからでした。ディポトGMが「イチローがクラブハウスでどれほどインパクトを与えているか、分かっていないと思う。若手をよく指導し、年長の選手も彼を非常に尊敬している」と説明したように、イチローは事実上、「別枠」として復帰した感もあります。

 だからといって、米国のシビアなビジネス社会ですから、今後もイチローの立場が確約されているわけではありません。一定以上の成績を残さない限り、常に「サヨナラ」を告げられる可能性と背中合わせにいることも否定できません。

 降格を告げられたヘレディアに対し、イチローがどんな言葉を掛けたかは分かりません。ただ、彼ら2人の固いハグを見る限り、野球の技量だけでなく、イチローの実績と「人間力」が、2001年以来プレーオフ進出を逃してきたマリナーズを、少なくともプラスのベクトルに導いているような気がします。

【四竈衛】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「メジャー徒然日記」)