プレーバック日刊スポーツ! 過去の2月9日付紙面を振り返ります。1995年の1面は、ビル・クリントン大統領が大リーグのストライキ解決に向け調停に乗り出すも、失敗に終わったことを伝えています。

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 【アトランタ支局(米ジョージア州)7日(日本時間8日)】ビル・クリントン米大統領(48)が窮地に立たされた。労使交渉が暗礁に乗り上げた大リーグのストライキ解決を目指すため、オーナー、選手会双方の代表をワシントンのホワイトハウスに招集。5時間に及ぶ前代未聞の直談判を行ったが、調停に失敗した。国民的スポーツへの介入で、人気回復を狙った大統領のメンツは丸つぶれ。スト解決は絶望的で、大統領も、メジャーも、ピンチだ。

 かすれた声とせき払いに、5時間に及ぶひざ詰め談判の疲れがにじんでいた。クリントン大統領が「リリーフ」に失敗した瞬間だった。「審判員なしでは、もはや解決できない。いい報告ができなくて申し訳ない。いや、われわれは十分に努力した。私の調停はこれで終わりとする」。大統領は会見で、終始うろたえるばかりだった。そして「こうなった今、真の敗者は国民だ」と開き直りも。そこには予想以上に手ごわかった当事者たちへのいらだちと、国民に対して怒りを喚起することで自らの失点を最小限に抑えようとする計算がのぞく。かえって、大統領の落胆を強調していた。

 こんなはずではなかった。大統領はベーブ・ルースの生誕100周年の6日を「タイムリミット」として、労使の紛争解決に乗り出していた。この日も自らの出馬に先がけて、双方の仲裁人であるアスリー氏に「調停案」を提示させたが、労使から一蹴された。ここで最後の切り札ともいうべき、大統領の登場となったわけだ。「ナショナル・パスタイム(国民的娯楽)」といわれ、国技ともいえるプロ野球の紛争解決に着手することで、昨春以来低迷している自らの支持率をばん回しようとした。だが、そのもくろみは見事に吹っ飛んだ。

 この日の交渉には、大統領のほかに、アル・ゴア副大統領、オーナー側6人、選手会側7人が出席した。大統領はこの中で「今年のシーズンをとりあえず実施し、オフに再度交渉を」と、開幕を強く迫った。それでも双方は譲らず、話し合いは決裂。結果的に大統領は赤っ恥をかかされた。大統領は今後の対応として、議会に対して調停受諾を労使双方に義務付ける「法案」を通すよう求める方針だが、議会では民主党とは対立する共和党が牛耳っており、「大リーグ問題は安全保障問題とは違う」と受け入れるつもりはない。国民だけでなく、議会からもソッポをむかれた大統領は、就任以来の危機に立たされたといえる。来年に迫った次期大統領選について、湾岸戦争の英雄、コリン・パウエル前米統合参謀本部議長(57)が出馬をにおわすなど、強力なライバルの出現が予想されるからだ。

 大統領の人気がますます先行き不透明なら、大リーグのストライキの動きも見えない。スト突入から180日、キャンプインは16日に迫っている。このままでは、スト解除↓開幕どころか、オーナー側が目指すメジャー選手に代わる「代替選手による公式戦」開催と、選手会による「オールスター全国巡業」が現実味を帯びてきた。

 ◆スポーツ労使紛争への大統領介入 過去に1度だけ、1981年7月、当時のレーガン大統領が大リーグのストに介入した例がある。この時、レーガン大統領は当時の労働長官レイモンド・ドノバン氏に仲裁人として交渉に当たらせ、50日間で解決にこぎつけた。

 ◆強硬選手会は結束 米大リーグ選手会労組の代表交渉メンバーの一人、デトロイト・タイガースのセシル・フィルダー内野手(31)は日刊スポーツ新聞社の取材に「現時点(7日=日本時間8日)では、すごい近い将来にストライキが解消するとは思えない。開幕も影響されるだろう」と、スト解決までにはまだ暗い見通しであることを明らかにした。ストに入ってからのフィルダーは一貫して「オーナー側の要求には、一歩たりとも譲れない」と強硬な発言を続けており、これは「選手会の総意」とも言い切った。

 ◆大統領と政治状況 今回の労使紛争へのクリントン大統領の介入は人気取り以外の何ものでもない。というのも現在、彼が置かれている状況は非常に厳しいものがあるからだ。1993年に大統領に就任したが、何一つ成果を挙げたものがない。外交的にはエリツィン大統領のロシアを後押ししているが、これが国民から反感を買った。対外貿易収支の累積赤字も歴代の大統領の中でも最悪の部類に入るし、国内の平和、安全という面でも彼は向いていない。また、女性関係のスキャンダルもマイナスとなった。一つや二つ、実績を残してもよさそうだが、結局、何一つない。就任当時は若いがゆえに期待した国民も裏切られた気分だろう。支持率も近々50%を割り、来年のに控えた大統領選でクリントン大統領が再選を果たすのは不可能に近い。 高橋正武(外交評論家)

 ◆労使交渉推移 春季キャンプを控えての労使交渉は、クリントン大統領の肝いりで1日に再開した。オーナー側は、まず選手の年俸高騰を抑えるためにサラリーキャップ制(選手人件費総枠制限)を撤回。一時は、強行導入に踏み切るともみられていただけに、選手会側も歓迎の意向を示した。しかし、代わりに提出された課税制度(選手総年俸の多いチームから負担金を徴収し、少ないチームに分配する制度)をめぐって、交渉は紛糾した。

選手会側はオーナー案に対して、負担金の割合が多すぎて選手の年俸が抑えられるとして拒否。選手の年俸に影響を与えない程度に負担金の少ない対抗案を4日に提出。大統領が当初示した6日の期限が1日延びて7日になっても、交渉は妥結しなかった。

 ◆大統領調停案 クリントン大統領の命を受けた特別仲裁人アスリー氏の「調停案」は、労使の案の中間をとったものだった。双方で合意している課税制度を取り入れ、その割合も、ちょうど中間に定めた。昨季最も選手総年俸が高かった(約57億円)タイガースに当てはめると、オーナー案20億円、選手案4億円に対し、アスリー案では8・4億円となった。しかし、双方ともにこれを拒否。選手会側は「年俸を制限する制度は、いかなるものも受け付けない」との態度を続けている。

※記録と表記は当時のもの