<1997年6月10日、日刊スポーツ紙面より>【タンパ(米フロリダ州)9日=平井勉】ヤンキース伊良部秀輝投手(28)が、日本人報道陣とトラブルを起こした。練習後に一部報道陣の名刺を破り、ペンを真っ二つに折り、投げ捨てた。揚げ句に「お前ら、何しにここに来てるんだ!」と悪態をつく始末だった。初の公式戦が近づいて、ピリピリムードになっていたとみられるが、ヤンキースでも事態を重視して、伊良部と報道陣に対する事情聴取に乗り出した。

 現地時間の正午(日本時間10日午前1時)すぎ、1時間の軽めの調整を終えた伊良部が、クラブハウス前にいた日本人報道陣を見つけると、いきなり絡んできた。「お前ら、何しに来てるんだ!

 勝手に写真を使うな!」と怒鳴りちらした。さらに一部スポーツ紙の記者をつかまえ「お前、名刺出せ。その裏に実家の連絡先も書け」と半ば脅すような口調で言った。

 その記者が言われた通り差し出すと、いきなりその名刺をビリッと破り捨て、さらには持っていたペンまで奪い取って、それも真っ二つにへし折り、投げ捨てた。止めに入った記者のメガネを取り上げ「お前の髪、ピンクにしたろか」と言いたい放題。あぜんとする報道陣をよそに、伊良部は何事もなかったかのようにクラブハウスに戻っていった。

 希望する大リーグ、しかも困難を極めた待望のヤンキースに入りながら、なぜ報道陣とこんなトラブルを起こさなければならなかったのか。明日10日(日本時間11日)には初の公式戦登板が当地で行われる。大リーグ昇格に向けての初先発だけに、それだけ緊張感が襲いピリピリムードになっていた様子だ。だが、いきなり「暴行」ともいえる態度に出たのは理解し難い。

 事態を重視したヤンキース側では伊良部の「広報役」でもある石島通訳を通じて伊良部の言い分を確認すると同時に、同通訳に報道陣との間で生じたトラブルについて事情聴取を行った。両サイドから報告を受けたニューマン副社長、ハワード広報は「あくまでイラブ個人の問題であり、球団では見解を出す用意はない」とコメントした。球団としては伊良部に対して注意を与えることはないようだが、日本人報道陣との間にしこりが残ったことは間違いない。

 それでなくても伊良部の日本人報道陣に対する姿勢は、無視で徹底されている。ヤンキースの入団発表でも米国人記者に対しては、にこやかに質問に答える姿があったが、日本人だけの会見となると「ロッテの時のこと?

 そんなこと思い出したくもない」。今後の調整の仕方を聞かれると「言えない!」と、ぶっちょう面で木で鼻をくくったような答えしかしない状況が続いていた。いずれにしても、遅かれ早かれ起きていたことではあったが、球団の対応でも今後どうしていくかの方針は確認されていない。

 事件後、伊良部と報道陣の間で話し合いがもたれた。だが、この日伊良部の取った態度は感心されるものではなかったといえる。

 ◆記者の目◆

 NBAのマイケル・ジョーダンは、屈辱的な敗戦の後でも記者会見の席に着き質問に答えている。「ファンに知ってほしいことがあれば、嫌な質問にも答えなければいけない」と思うからだ。これは、多くの米国のスーパースターに共通する考えだ。

 ファンあってこそのプロスポーツ選手だ。そして、ファンとの架け橋になるのがメディアなのだ。大リーグに限らず、米国スポーツ界では、特に会見を拒否することに厳罰を与えている。それは、記者がファンと選手を結ぶ最も太く重要なパイプだからだ。

 報道陣のご機嫌を取れとは言わない、何でも答えてほしいとも思わない。ただ、その先にファンという最も大切な存在があることを忘れてはならない。

 大リーグで、米国で成功しようと思うなら、自分を応援してくれる人のことを考えるべきだ。われわれだって明るく、たくましい伊良部を書きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【野球部デスク玉置肇】

 ★トラブルメモ★

 ◆96年12月

 メジャー移籍がロッテの引き留めなどで暗礁に乗り上げていた最中の5日に強行渡米。13日に帰国した際、待ち構えていた約50人の報道陣から逃げ、成田空港から2時間に及ぶ大逃走劇を繰り広げた。カーチェイスの末たどりついた京成津田沼駅前のホテルで、「もういいかげんにしてくれ!

 いつまで追いかけるんや!」と報道陣に食ってかかった。その後計3台のタクシーを乗り換え、某所に消えた。

 ◆97年5月30日

 ヤンキースタジアムで開かれたヤンキース入団会見の後、グラウンドで日本の報道陣に囲まれて「A社とB社の取材はお受けできません。出ていってください」と名指しで取材拒否。「個人攻撃の記事が目立った」と根拠を説明したが、2社は「納得がいかない」と徹底抗戦の構えを見せている。