50~60年代のヤンキース第3期黄金時代を支えた名一塁手が死去した。ヤ軍とドジャースで計5度のワールドシリーズ(WS)制覇に貢献したムース・スコーロン氏が27日、うっ血性心不全によりイリノイ州の病院で死去した。81歳だった。

 同氏は54年にヤ軍でデビューし、メジャー14年で打率2割8分2厘、211本塁打、888打点。57年から5年連続のオールスター出場を果たし、当時チームメートだったマリス、マントルともに「3M」の一角で新マーダーズロー(殺人打線)を組んだ。

 同氏の名声を高めたのは大舞台での勝負強さ。8度のWS出場で計39試合に出場し8本塁打、29打点を荒稼ぎした。本名はビルだが「ムース(へら鹿)」の愛称が親しまれ、日米野球で対戦した野村克也氏(楽天元監督)のニックネームのモデルにもなっている。親友でヤ軍元捕手のヨギ・ベラ氏は、「ムース以上の選手はあまりお目にかかれなかった」と悲しんだ。