桑田引退決断「燃え尽きた。悔いない」
パイレーツ桑田真澄投手(39)が26日、現役引退を決断した。桑田は米フロリダ州ブラデントンのキャンプ地では、現地26日(日本時間27日未明)もユニホームを着て練習を行い「(きょうの)試合が終わってから」とだけ話した。試合後に表明する予定。PL学園時代は清原(現オリックス)とKKコンビとして甲子園を沸かし、巨人ではエースで日本一、昨年はメジャーに挑戦して夢を追い続けた。「背番号18」の右腕は、プロ23年目でユニホームを脱ぐことになった。
突然の引退だった。桑田は、すでにパイレーツのハンティントンGMから「若手にチャンスを与えたいので、メジャーでは投げるチャンスはない」と通告されていた。シーズンに入っても、昇格のチャンスは1%もないという状況の中で、張りつめていた気持ちが切れた。ここ数日間、悩み抜いた末に決断。桑田は、ごく近い関係者らに「引退する」と打ち明けていた。
キャンプ地のブラデントンでは、日本時間27日未明もユニホームを着て練習を続けていた。報道陣に囲まれると「何も言えないんです。(きょうのオープン戦の)試合が終わってからということなんで。最後まで筋を通さなきゃならない」とだけ話して練習を続けた。この日はタイガースとのオープン戦が組まれていた。その試合後に話す予定だった。
それに先立ち、異例の形でテレビの中で引退を表明した。TBSテレビの「筑紫哲也NEWS23」の番組内で「ここで燃え尽きたという気持ちになれた。やれることはやったし、何ひとつ悔いはないという気持ちになった」「マイナーではプレーする気持ちがないし、ほかのチームでも(プレーの意志は)ないので、ここで線を引きたい」と話した。
メジャー挑戦2年目の今春は、昨季のキャンプで痛めた右足首手術の影響もなく、順調だった。オープン戦では初戦から4試合連続無失点。17日のレッドソックス戦では家族が観戦する前で初勝利も挙げた。若手のライバルが次々とカットされる中、この時期まで生き残った。
ただ、パイレーツも昨季から、監督とGMが変わり、チーム構想も若手に、より多くのチャンスを与える方針に変わっていた。
4月1日に40歳の誕生日を迎える。若いころから「通算200勝、40歳までプレー」という目標に向かって選手生活を続けてきたが、いずれもかなわなかった。
高校1年で甲子園で「KK旋風」を巻き起こしてから25年。昨季は日本人選手最年長の39歳2カ月でメジャーのマウンドでもデビューした。小柄な部類の体ながら、抜群の運動能力と努力と野球への探求心でプレーし続けてきた。右ひじの腱(けん)移植手術も受けた。右足靱帯(じんたい)損傷の大けがもした。平らな野球人生ではなかったが、野球への情熱が見る者の心を打った。卓越した野球理論を持つことから、将来は指導者となるだろう。こだわり続けた背番「18」。桑田が今、ユニホームを脱ぐ。
[2008年3月27日10時0分 紙面から]
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