<2007年5月2日付、日刊スポーツ紙面から>

 おそらく日本で最も知られた大リーガーの1人だろう。マイク・ピアザ(38)。1995年、野茂英雄(38)がドジャースで旋風を起こした時、その女房役として人気が日本でも爆発した。スーパースターとなり、捕手として歴代最多本塁打記録まで達した男は、16年目の今季初めてのア・リーグに移籍し、アスレチックスで初めてのDHに取り組んでいる。経験を積み、ベテランとなったピアザは、今何を思うのか?【佐藤直子通信員】

 さすがに、かつて先端が太く、グリップが極端に細いビール瓶のようなバットを振り回し、ライトスタンドにもうなりをあげるような本塁打を放っていた時の迫力は見えない。

 古傷のヒザ痛をかかえ、「一塁手に転向した方がもっと打てる」と周囲がいっても「オレは捕手がやりたいんだ」とこだわっていたころほど、もう若くはない。あのピアザも、今年9月には39歳になる。メジャー16年目で、初のアメリカン・リーグのアスレチックスで初のDHに挑んでいる。もともとスロースターターだが、30日(日本時間1日)現在2割7分4厘、本塁打1本と、まだ本調子ではないようだ。

 「(ア・リーグとナ・リーグは)間違いなく違う。でも、ア・リーグの投手とは対戦経験が少ないから難しいが、できるだけシンプルに、自分のできることをやって、慣れるように頑張っているよ」。ベテランは優しく答えてくれた。

 「DHは楽しくやっているよ。打撃に集中できることは大きい。唯一欠点があるとすれば、守備面でチームに貢献できないことだ。もどかしいと思うこともある。そうだな、これはチャレンジだ。挑戦しがいのある状況はどんな時でも楽しいもの。今、このチャレンジに臨めるのはいいことだと思う」。

 DHは打撃のスペシャリスト。毎打席結果を期待されている。ピアザは、もちろんわかっている。

 「(そのために)自分のスイングはできる限るシャープにしておきたい。打席での質を上げて、力いっぱい打てる球を見逃さない。そして、その過程をできるだけシンプルに。ここには去年トーマスという偉大な打者がいたが、自分は違うプレーヤー。自分でできる限り最高の打者になって、それがチームを満足させられるものだといいね」。

 精いっぱいDHに挑戦している様子がわかる。一方で、穏やかでも言葉には揺るぎない自信を感じた。

 「ア・リーグの投手は間違いなく質が高い。でも、自分の能力と経験を信じるだけだ。それなりの経験はあるからね(笑い)」。

 通算420本塁打。捕手としてはカールトン・フィスク(レッドソックス)の記録を抜き、歴代最多396本の記録を持つ。見せた笑顔に、充実ぶりが見えた。

 ドジャース時代は野茂英雄、メッツ時代には吉井理人、新庄剛志、松井稼頭央らとチームメートだった。

 最も多くの日本人メジャーリーガーを見てきた選手の1人だろう。

 「メジャーにやってきた日本人選手全員が、ヒデオ・ノモの功績に感謝していると思うよ。日本人はメジャーで戦うことが必要だった。ノモはチャンスをつかむとすぐに成功を収め、それがほかの選手たちが『メジャーへ行きたい』と思う刺激になった。メジャーから日本へ選手が行ったり、日本からメジャーへ選手が来たりというのはいいことだ。いい選手たちがメジャーに挑戦したがるから、日本の野球界は少し厳しい状況になっているかもしれないが、同時に、アメリカ人が日本で監督をすることもある。関係は密接になっていると思う。もしかしたら、いつの日かアメリカと日本が1つのリーグになっているかもしれないね」。

 日本人がメジャーで戦う時代のスーパースターの1人らしい言葉だった。

 ◆マイク・ピアザ(Michael

 Joseph

 Piazza)1968年9月4日、米ペンシルベニア州生まれ。マイアミ・デード短大から88年ドラフト62位(全体1390番目)でドジャース入団。92年にメジャーへ昇格し、93年新人王。96年9月17日ロッキーズ戦では野茂とのバッテリーでノーヒットノーラン達成。98年5月、2対5の大型トレードでマーリンズ移籍。出場5試合でメッツに再トレードされた。FAで05年オフにパドレス、昨オフにアスレチックス移籍。04年5月にフィスク(351本)を上回る捕手の通算最多本塁打を記録。昨年7月に通算2000安打を達成。12度選出されたオールスターでは96年MVP。祖父がイタリア出身で、昨年3月のWBCにイタリア代表で出場。今季年俸850万ドル(約10億2000万円)。右投げ右打ち。191センチ、97キロ。

 どんな人間でも、新しい環境に置かれれば、多少なりとも不安な気持ちに駆られる。たとえメジャー16年目を迎えたベテランであっても、キャリア初のア・リーグでDHに転向したのだから、神経質になっていてもおかしくないと思っていた。が、質問に答えるピアザの表情は晴れやかで、「挑戦しがいのある状況はどんな時でも楽しい」という言葉を裏付けるのに十分すぎるほどの笑顔を見せた。楽をしようと思えば、いくらでもできる。ピアザほどになれば、誰も文句は言わないだろう。だが、端から見てもわかるほど懸命に挑戦している。

 もともとはドラフトで全体の1390番目で指名され、そこからはい上がったスター。だから、アスレチックスの若手は、彼の姿勢、経験を知りたがる。数字だけではなく、人間的な“深み”でも、チームにプラスを与えている。

 3番チャベス(4番DHピアザと共に中軸を固める)「ピアザが打線に加わったことは、間違いなくチームにとってプラスに働く。打線が厚みを増した。偉大な選手だけれど、みんなの輪に入って楽しませてくれるよ」

 バック(23歳のルーキー右翼手でピアザとは15歳差)「経験を元に、クラブハウスでいろいろな話をしてくれるんだ。試合に臨む姿勢とか、打席でのアプローチとか、どこを見ても勉強になるね」

 ○…今季からアスレチックスの指揮を執るボブ・ゲレン監督は、現役時代にピアザと同じ捕手だった。捕手として、監督として、ピアザを高く評価する。「守備に就けないもどかしさもあるだろうが、ア・リーグやDHという役割にすでに適応できている。チームにすっかりとけ込んで、クラブハウスでは若い選手と話をしながら、知識や経験を伝授してくれているよ。普通にプレーしてくれれば、彼なら大丈夫だ」。