<2004年8月28日付日刊スポーツ>

 【シアトル(米ワシントン州)26日(日本時間27日)=四竈衛、木崎英夫通信員】イチローが、鮮やかな1発で快挙を達成した。新人からは史上初となる4年連続200安打にあと1本と迫っていたマリナーズ・イチロー外野手(30)がロイヤルズ戦の9回裏、左腕アフェルトから中越えへ7号ソロを放ち、大台に到達した。残りは36試合。今季3回目・2カ月連続の月間50安打、そしてメジャー記録の年間257安打などの更新に挑む。

 顔はクールでも、心は震えた。肌寒さが増し、まばらになっても、スタンドのファンは、総立ちで喝さいを送った。メジャー4年目で初めて、イチローはベンチの最前列で帽子を取ってカーテンコールに応えた。「熱くなりましたね。これを楽しみに足を運んでくれた人もたくさんいたでしょうから」。敗色濃厚の最終回まで席を立たなかったファンの思いは、「51」の背番号に痛いほど突き刺さっていた。

 24日の第1打席で199本目を放ち、王手をかけて以来、13打席目。そのわずか2日間のうちに、重圧を背負わされていた。

 イチロー

 200本は最大の目標。あと1本になってからの10数打席はやたら長く感じましたね。今日出なかったら集中砲火を浴びるところでしたから助かりました。周り(マスコミ)がうるさいから、なんとかしたかったですね。

 試合後、笑みを浮かべた言葉には、イチローらしい照れも含まれていた。だが、9回裏の打席に向かう心理は、「無」に近かった。速球に絞って思い切り振るだけ。左腕アフェルトが投じた156キロの真ん中低めの速球を、低弾道で中越えに運んだ。

 イチロー

 1発?

 男前じゃないですか。狙って打ったと言いたかったところですけどね。

 新人からは史上初となる4年連続の偉業。だが、その内容、経緯はまったく違う。2年目には「クールを装っていてもめちゃめちゃうれしい」と言い、3年目は「吐き気がするほど苦しかった」と漏らした。たとえ「技」「体」が充実しても、「心」に欠けがあれば、結果は出ない。日本で完成された技量を培っても、完全ではなかった。今季のキャンプ前に考えたテーマは、「許す」ことだった。自らも周囲も完ぺきでいることは不可能。失敗を許容し、その原因を客観的に分析する作業を繰り返す。その苦しさを乗り越えることが、心の糧(かて)になり、血となり、肉となった。

 イチロー

 そういうことは証拠がないですし、証明できないですからね。推測でしかないですが、いろんなことを肌で感じることは大事だと思います。

 かつては重荷だった周囲からの重圧も、今では快感として受け入れられる。むしろ、「常にプレッシャーを感じていられる選手でありたい」とさえ言う。イチローの変化は、その言葉にあると言って過言ではない。

 残り36試合。今季は1試合に1・6本のペースで量産しており、年間257安打のメジャー記録にぎりぎり届く。

 イチロー

 勝手に期待してもらって結構です。ただ、短期の目標をしっかりと立てていきたいです。257本?

 それが具体的にイメージできるような状態にしたいですね。

 ネット裏では4日連続で弓子夫人が見守った。試合後の自宅では、カリフォルニア産の赤ワインで祝杯を挙げた。

 イチロー

 今日ぐらいは朝6時ぐらいまでいいでしょう。ちゃんと寝ますけど。

 熟成された天才打者。技と体に、心が充実し切った今、数字や記録だけで、その大きさは語れない。

 ◆シーズン200安打

 イチローはメジャー4回目のシーズン200安打。クレメンテ(パイレーツ)モリター(ブルワーズ、現マリナーズ打撃コーチ)らと並び、歴代20位タイ。メジャー記録はローズ(レッズ)が持つ10回。4年連続は史上11人目で、戦後では3人目の快挙となった。過去10人の達成者のうち、来年有資格を得るボッグス(Rソックス)とトービン(ブラウンズ)を除けば、8人が殿堂入りしている。

 ◆4年連続200安打の価値

 本塁打なら年間45本、投手なら年間20勝と同等にみていい。過去5年において200安打以上が30度、本塁打45本以上が27度、20勝以上が24度それぞれ記録されている。現役選手の中で、4年連続20勝を挙げた投手はおらず、4年連続45本塁打以上もソーサ、ボンズ、グリフィーの3人のみ。4年連続200安打の希少性、難易度が分かる。

 ◆本塁打で達成

 イチローが節目の安打を本塁打でマークしたのは99年4月20日、金村(日本ハム)からの2ランで通算1000安打を記録して以来2度目。イチローは日米通算2140安打を放っているが、100本刻みの区切りで1発が出たのは1000安打だけ。94年と01~03年に記録したシーズン200安打目も本塁打ではなかった。

 ◆ロ軍アフェルト

 初球から狙ってくると分かっていて1球目に速球を投げたのは僕のミス。でもこの大きな球場で一番深いところに打ったのだから大したものだ。彼のサイン入りバットが欲しいよ。

 ○…シアトルの地元2紙は、イチローの快挙を大きく伝えた。シアトルタイムズは、4年連続200安打が史上11人目であることを歴代選手の表とともに紹介。シアトル・ポストインテリジェンシー紙は、本塁打で飾ったことに驚嘆しながら「イチローは偉大な選手の仲間入りを果たし、その偉業は我々の想像をはるかに絶している」と最大級の賛辞を贈った。

 ◆マリナーズ長谷川

 年間200本を当然と思ってやっている。本人がすごい、と思っていないところがすごい。

 ◆パドレス大塚

 彼なら当然の記録。故障がなければ、これからも200本安打を続けるでしょう。近鉄時代にイチローと対戦した時は、なんとか抑えた、という感じだった。一筋縄にはいかないバッターです。(メジャーで)対戦できるのを楽しみにしています。

 ○…細田博之官房長官はこの日の記者会見で、イチローの遺業を絶賛した。「米メジャーで、はっきりした新記録を打ち立てた。大変素晴らしい」。だが記者団が「前人未到で国民栄誉賞に値するのではないか」と質問すると「個人的見解の表明は差し控えたい」と苦笑い。小泉政権は01年秋、イチローに国民栄誉賞授与を検討していたが、イチローは「まだ若いので、できれば辞退したい」と固辞している。

 ◆マリナーズ・メルビン監督

 恐らく、今年最悪の内容の試合でイチローが歴史をつくった。それもホームランで。彼の素晴らしいところは、どんな状況でもしっかりいつも通りの準備ができているところだろう。(2004年8月28日付日刊スポーツ紙面から)