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MLBプレーオフ2007


松坂メジャー1年目で世界一/Wシリーズ

倫世夫人にワールドチャンピオントロフィーを渡す松坂(撮影・宇治久裕)
倫世夫人にワールドチャンピオントロフィーを渡す松坂(撮影・宇治久裕)

<Wシリーズ:ロッキーズ3-4レッドソックス>◇第4戦◇28日(日本時間29日)◇クアーズフィールド

 【デンバー(米コロラド州)28日(日本時間29日)】ダイスケが、世界の頂点に立った-。レッドソックス松坂大輔投手(27)が、メジャー1年目で世界一の座に就いた。レ軍の3連勝で迎えたワールドシリーズ第4戦。松井稼頭央内野手(32)所属のロッキーズに4-3と競り勝ち、無傷で3年ぶり7度目の世界制覇を遂げた。横浜高時代の甲子園春夏連覇、西武時代の日本一、WBCの初代王者に続き、メジャーの舞台でも王者となった。

 アルコールを体中に浴びた松坂の目は、赤く潤んでいた。シャンパンがしみただけではないだろう。かすれた声は震えていた。

 「大変な1年でした。苦しいと思ったことはありましたが、最後まで長く野球ができて良かったです。最後に勝者になれて、もう言うことはありません」。

 長い、長い1年の風景が胸に去来した。レッドソックスが1億ドルを投入して飛び込んだ世界。安易に結果を出せなかった。思い通りにボールを握れなかった。硬質のマウンドで日本と同じフォームを用いれば故障につながる。日本時代の松坂から脱却するには想像以上に長い時間を要した。

 春先から満足のいく投げ込みが許されなかった。球数制限は公式戦に入ってからも大きな悩みの種だった。日本時代に敷かれていたレールは、ここにはない。「マツザカにプレーオフで投げる資格はない」。公式戦終盤、勝てない日々が続くとボストンの報道もこぞって厳しい記事を並べた。

 「2月のフロリダから始まって、ここまでたどり着けて良かったです」。

 優勝が決定し、グラウンドで誰彼となく抱き合った直後の第一声は、実に8カ月前までにさかのぼった。

 松坂「9月28日のリーグ優勝の翌日、1人シャワーをしながら、ふとフロリダでキャンプインした日を思い出したんです。あっちを見てもこっちを見ても、誰と何を話していいのか分からない。でも、こうして勝つたびにみんなと抱き合い、喜び合える。これは2月当初と比べても、すごく大きな進歩ですよね」。

 技術的な修正に苦心しながらも、野球の原点を押し曲げることはしなかった。「one for all,all for one」。18歳。横浜高校3年時に掲げた戦うテーマは、ここ米国でも実践した。

 松坂「日本人でもどこの国の人でも野球をすることに違いはない。野球は1人でできるものではない」。

 好プレーで助けてくれた選手とは必ずハイタッチを交わした。途中降板の際も、自分が招いたピンチを背負う投手がマウンドに来るまで、1歩も動かなかった。直接「sorry」を自分の口から伝えたかった。

 「大輔は常に責任を背負っている。素直で同僚思い、信頼できる男」。フランコナ監督は、米国にない習慣、やさしさをグラウンドで振りまく松坂をしきりにたたえた。「レ軍に同化しようとする男は、必ず力になる」。同監督は不調でもローテーションから外すことを考えなかった。

 最高のフィナーレは感極まった。シリングがパペルボンが、強く、熱く、何度も松坂を抱き締めた。

 「僕の達成感は微々たるもの。僕はまだ1年。みんなは本当の苦しみを乗り越えた。重みが違います」。

 松坂とナインの感動の質は違うだろう。苦しみ抜いた1年。来年は同僚たちを強く抱き締める存在でありたい。巨岩を動かそうともがいた松坂は、また1つ大きくなった。【山内崇章】

[2007年10月30日9時28分 紙面から]

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