恩師・山下総監督「ヤンキースでプレーを」
ヤンキース松井秀喜外野手(35)の世界一&WシリーズMVPに、日本中で喜びがはじけた。恩師の星稜高校山下智茂現総監督(64)は「ヤンキースでプレーしてほしい」と残留を熱望。先制2ランがヤンキースタジアムに設置した看板の上を越えていった建機メーカー「コマツ」は「来年も看板めがけて一発を」ともくろむ。本家の怪物ゴジラも偉業達成に叫び声を上げた。
松井の恩師、星稜高校の山下総監督は石川・金沢市内の同校理事室のテレビで、松井が世界一になる瞬間に見入った。
「努力して努力してここまで来た。ヤンキースで世界一になるのは、彼の夢でしたから。私も本当にうれしい。これからもヤンキースで活躍してくれたらと思います」と、今後もヤンキースに残って活躍することを熱望した。
今年の9月上旬、山下総監督はニューヨークに飛んだ。ヤンキースタジアムを訪れ、9月10、11日のレイズ戦を観戦。試合後の食事の時、松井は「ぼくはニューヨークが、ヤンキースが大好きなんです」と熱く語ったという。ヤンキースタジアムの盛り上がりを観戦したばかりの恩師には愛弟子の思いがよくわかった。不安を抱えた松井のひざをさすってやりながら「優勝できたらええね。ずっとここで活躍できたらええね」と祈った。それから2カ月後の世界一だった。
星稜入学当時、松井は投手。「3年間、頑張って行こうな」と握手したときのてのひらの固さで、山下監督(当時)は打撃に専念させることを決めた。連日のノックで岩のように固くなった監督自身と、同じてのひらをしていた。「バットを振りこんできた手やな」。ゴジラ伝説はそこから生まれた。「あの子は努力の天才。打つことは出来ても走ったり守ったりはしんどかった。努力で克服していった。しかし世界一になれるとは、当時は思いもしませんでした。オフにどんな話を聞かせてくれるのか」。恩師の顔がほころんだ。【堀まどか】
[2009年11月6日9時36分 紙面から]
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