西南大が7勝3敗で並んだ北九大との優勝決定戦を制し、1960年(昭35)秋以来、55年ぶりとなる悲願の優勝を果たした。元プロ2コーチの招請に加え、データ班創設や社会人チームとの練習試合増など就任3年目の東和樹監督(42)のチーム改革が実を結んだ。6月8日開幕の全日本大学選手権でも旋風を巻き起こしてみせる。

 西南大が半世紀も続いた歴史を変えた。55年ぶりの優勝だ。最後の打者を打ち取ると、お祭り騒ぎ。主将の八戸勝登外野手(4年=清峰)は「熱い監督の思いに負けないようにした。歴史の積み重ね。先輩のしてきたことがこの試合につながった」と喜んだ。

 前日24日の試合後、東監督はあるメッセージを部員全員にメールで送っていた。今季のスローガン「神宮への執念」と記されていた。この日、北九大の先発は開幕戦で完封負けを喫した高木。だが、全国の舞台に向けて気持ちを奮い立たせていた選手は、リベンジを達成だ。2点をリードした6回。1死満塁で7番溝田賢人内野手(3年=宗像)の走者一掃の中越え三塁打。高木をKOし、流れを引き寄せた。

 東監督の改革が実った。13年春、東大野球部をヒントにデータ班を創設。全試合の解析情報を配信し携帯電話で見られるようにした。2年前からホンダ熊本など社会人の強豪との練習試合も増加。知人だった元近鉄、楽天外野手の川口憲史氏(38)、元横浜投手の竹下慎太郎氏(43)を招き、選手のメンタル強化にも努めてきた。

 たくましくなったチームは大一番でも強かった。投打の歯車がかみ合い、打線は8安打6得点。投げては4投手の継投が決まった。実は、東監督にとってもリベンジの一戦だった。北九大は東監督が福岡大監督だった04年春の優勝決定戦で敗れた相手。因縁の舞台で、今回は最高の喜びが待っていた。【菊川光一】