3年間のプロ野球生活と同時に、人生25年を振り返った。DeNAから戦力外を伝えられた山下峻投手(25)は自問自答した。「自分が人のためにやれることは何だ?」。野球に実をささげてきた人生。「僕が未来につなげられることは、小さい頃になった病気のことと、プロ野球選手として稼いだお金のこと。いろんな仕事の話を聞いて決めました」。野球界を離れ、保険代理店業の「イコールワン」で営業マンとして働くことを決心した。

 DeNAでは、けがに泣かされたプロ野球選手だった。1年目に肩を壊し、2年目に肘。「勝負の年」と位置づけていた3年目は脇腹を痛めた。1軍での出場はなく「3年目でダメなら野球をやめよう。悔いなくやり切った」と、未練はなかった。アマ時代から定評があったきれいなフォームは、自分を見つめ理想を追求し突き詰めた結果だ。

 病気で苦しんだ人生もあった。「中学生のときに病気になって、医者に『治るから』と言われましたけど、ほとんど学校に行ってなかった」と大病を患い半年間入院、1年半は通院した。「もう10年たっているので元気」と完治したが、病気で苦しんだ日々は忘れない。その経験を次の舞台で伝える。

 12月から入社し、今は研修中で勉強に励む日々が続く。「覚えることも多くて、経済新聞を読むのに1時間かかってしまいます。でも頭を動かすことはもともと苦ではない。人のためになれるのであれば」。山下の原動力は、そこにある。【栗田成芳】