自らの名前を読み上げるアナウンスとともに、打席に向かう。その途上、登場曲に合わせるように、ゆっくり大きく素振りをする。

 打席に入ると、右足で足場を固める。ヘルメットを脱ぎ、額の汗をぬぐう。

 右手でヘルメットをかぶり直しつつ、バットの先で、ホームベース外角いっぱいを2カ所たたく。

 わずかにオープンのスタンスを取り、両肩のラインは投手にまっすぐ向ける。バットを右肩にかつぎ、左手でもう1度ヘルメットの位置を直す。

 左足のつま先で、地面をトントンと軽く蹴る。そして、グリップを肩の高さまで上げ、構えに入る。

 ◇   ◇

 西武の主砲、中村剛也内野手(33)はこれらの動きを、ほぼ違わず全打席行う。2球目以降も「ヘルメットを脱ぎ、額の汗をぬぐう」からなぞり直す。

 ゴルフ担当歴のある記者には、ゴルフのプレショットルーティーンにも重なる。一流のプロほどショット、パット直前には同じ動きをなぞる。そうやって、重圧のかかる局面でも、リズムを変えずに球を打つ。

 しかしゴルフはあくまで、動かないボールに対して自分で間合いを決め、自分のタイミングで打てる競技だ。野球は違う。球速、コース、球筋が毎回変わる投球に、打者は柔軟に対応しなければならない。

 寸分違わぬルーティーンは、野球の打撃でもプラスになるのか。中村は「毎球違う対応が求められるからこそ、自分側がブレていてはいけないと思うんですよね」と即答する。

 ただでさえ球筋は毎球違うのに、自分の視点までが毎球違っては、対応は際限なく難しくなる。

 中村は「構え方が変われば、ストライクゾーンに対する間合いも変わってしまう。毎球ストライクゾーンが違うのでは、選球も難しくなる」と続ける。だから、ホームベース外角いっぱいを2カ所たたいてから構えに入り、ゾーンとの間合いを一定にする。

 「もう5、6年はやっていますかね」。ルーティーンを始めた11年ごろから、中村の打撃は境地に達した。そこから5年で4度の本塁打王に輝いている。

 決してぶれない。それはルーティーンだけではない。同僚として付き合いの長い上本は「あいつの素振りは、毎回同じ軌道を描くんです。プロの中でも、あそこまで同じ軌道を描ける選手はそういない」と言う。

 そんな評され方を本人に伝えると「それもルーティーンと一緒。自分の中に基準がないと、変化には対応できない。そもそも、上本さんとは、振ってきてる量が違いますから」と言い切った。

 3歳年上のベテランを容赦なくいじるのは、西武の取材現場ではよく見る光景だ。そんな“お約束”かと思いきや、中村は真剣だった。バットマンの矜恃が、表情ににじんだ。

 ◇   ◇

 変わってみせられたら、楽だろうに。

 間近に取材する側としては、そう思うこともある。

 今季の中村は「苦手」と言ってはばからない4月に「開幕から17試合連続安打」という球団記録をつくった。本塁打も5月7日の29試合消化時点で9本に達した。年間45本ペース。上々の滑り出しだった。

 それが5月なかばから、状況が変わった。19日ソフトバンク戦から4試合連続無安打など、パッタリと当たりが止まった。

 5月の打率は、29日現在で1割9分1厘と沈んでいる。三振も先月の15から、30と倍増した。

 19打席無安打が続くさなかに、中村と話す機会があった。「結果が出ないだけではない。内容も感触もよくない」と率直だった。

 それでも、ルーティーンもスイングも変えている様子はなかった。変えたくはならないのか。そう問うと、中村は「変えませんね」と語気を強めた。

 コロコロと打ち方を変えていくと、ドツボにはまる。そんな経験則も持っている。「でも一番は、自分は4番を任されているからです」と言う。

 「4番がオタオタしているようなチームは、絶対に強くならない。誰に4番を任せるかは、大事なチーム方針でもあると思う。なのに4番が揺らいだら、チームが揺らぐことになる」