西武秋山翔吾外野手(28)は、取材を受けた新聞の記事、テレビのインタビューなどを、ほぼすべてチェックする。

 自意識ゆえではない。「きちんと伝わらないと、意味がない」。そう強く思うからだ。

 デーゲーム当日、午前9時のメットライフドーム。秋山は気心しれた記者を見かけると、ウオームアップに向かう足を止める。そして「こないだの記事なんですが…」と声をかけてくる。

 事実関係の確認。コメントの解釈についての意見交換。「もっとこういう言い方をした方が分かりやすかったですかね」「自分としては、こういう意味で話したつもりだったのですが」。記事についての回顧ミーティングが、その場で始まる。

 言葉でイメージを伝える大事さ。それはプロ1年目、土井正博ヘッド兼打撃コーチに教わった。

 「秋山、プロ野球の練習グラウンドには、銭が落ちているんだ」

 グラウンドで練習をすればするだけ、プロとして稼げる選手になれる。そういう教えだった。

 「銭」という言葉は直截(ちょくせつ)的で、あまりにも生々しい。しかしその生々しさの分だけ、きれいごとだけではないプロの世界の厳しさも、ありありと想起させた。

 プロとはそういうものか-。大学を出たばかりの秋山の胸にも、土井コーチの言葉はすっと落ちた。

 プロ野球選手として歩むべき道が、明確にイメージできた。秋山は練習の虫になった。めきめきと力を伸ばした。

 15年にはシーズン最多安打記録を樹立。侍ジャパンの主力のひとりとして、日本の野球界を引っ張る存在にまでなった。

 言葉が自分の人生を変えてくれた。だから、誰かの人生を変えるかもしれない自分の言葉にも、責任を持たなければならない。

 秋山はそう思っている。

 

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 「把持力」

 何かをつかみ続ける力。

 

「アライメント」

 配列、並び方などの意味があるが、ゴルフなどの世界では、構えに入った際の身体各部の向きを指す言葉として使われる。

 

 ともに、野球の世界では「新語」と呼んでもいい言葉だ。西武土肥義弘投手コーチ(40)はこれらの言葉を、若手投手への指導に用いている。

 「言葉ひとつで、いいイメージが持てることはあると思うんです」と言う。

 「把持力」という言葉で、リリース直前まで指先でしっかりとボールを支えて、全身のパワーを効率よく伝えるイメージを持たせる。

 「アライメント」という言葉で、身体各所のパーツが捕手が構えるミットにまっすぐ向かうイメージを持たせる。

 そうやって、効率的なフォームへの修正につなげている。

 土肥コーチは現役時代、直球のシュート回転が悩みだった。よく「肩が開くからシュート回転する」と言われる。だからホームに向く右肩が開かないように投げ続けたが、余計にシュート回転する感触すらあった。

 そんな時、人とのやりとりの中で「反射」という言葉が耳に残った。身体のある部分を刺激したり、動かしたりすると、脳を介さず他の部分に反応、動きが出ることを指す。

 シュート回転しないよう、左手の指先でしっかりボールを押し込むという「反射」を生むには、どうすればよいか。開かないようにしていた右肩を、逆に積極的に動かすことにした。

 遊撃方向を向くくらい、90度以上右肩を回せば、自然と左肩が前に出る。左手の指先でしっかりとボールを押し込める。

 シュート回転はピタリと止まり、球威も増した。「反射という言葉は、自分の投手寿命を大きく伸ばしてくれました」とまで言う。

 その経験が、土肥コーチに言葉で伝える大事さを悟らせた。それは国内最高の左腕へと成長した菊池雄星らへの指導に生きている。

 そして教え子に対してだけでなく、取材対応の場でも「言葉」を使う。報道を通し、プロのプレーイメージを世間に伝えるためだ。

 そうやって、最新の野球理論が世間に広がれば、日本全体のレベルが上がる。それこそが、自分を変えてくれた「言葉」への恩返しだと心得ている。

 

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 言葉で伝える大事さについて、先日あるJクラブの広報と話す機会があった。

 彼は「ボランチという言葉が広まったことが、日本が98年のW杯フランス大会初出場につながった、という考え方があるんですよね」と切り出した。

 それまで日本にあったのは「守備的MF」という言葉だけだった。「ボランチ」という新語は、中盤の底に構える選手のイメージを「守備に専念するだけでなく、攻撃面でも貢献する」と変えた。

 ポジションに対する概念だけではない。「ボランチ」は流行語になり、国民のサッカーに対する理解も深めた。レベルも高まる。W杯への機運も高まる。

 たとえドーハでいったん夢を絶たれても、巻き起こった潮流は止まらなかった。そして日本は、サッカーW杯にたどり着いた。

 広報は言った。

 「どんな事象も、言葉を介して多くの人々が経験を共有しないと、文化にはならないということだと思います。競技レベルを上げるという意味でも、トップ選手が自分の経験を的確な言葉で伝えるのは大事なこと。うちの選手たちには、そういう意識で取材対応をしてほしいと思っています」

 

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 まさにその通りだと思う。

 そしてそれを誰に言われるでもなく、自然と実践している西武の選手、首脳陣のありがたみを、しみじみと感じた。

 野球こそ、たくさんの言葉を介して、文化を成熟させてきた。たとえば「2シーム」「動く直球」。きれいな縦回転の直球だけが価値ではないと、世に知らしめた。競技レベルを1段階上げた。

 そしてわれわれ記者が、言葉を世に広めるお手伝いをさせてもらってきた。秋山が記者に求めるような信頼関係、協力関係があったからこそ、野球は日本の文化になったのだと思う。

 わずか半年だが、プロ野球の球団担当を経験させていただき、本当に勉強になった。

 

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 スポーツは文化になりうるのと同時に、人生の縮図であるとも思う。

 トップアスリートの選手寿命は、決して長くはない。そこにドラマ、浮き沈みが凝縮される。だからこそ、多くの人が共感するし、学ぶこともできる。

 そしてスポーツ新聞の記者は、競技に寄り添い、選手の濃密な人生の証言者になる。

 そのために、早朝7時の球場入りを待ち受ける。18ホールを一緒に歩く。未明の羽田便で欧州、米国に出発する選手を見送る。

 時間も労力も決して惜しまない。その点においては、どんなメディアにも負けないと思う。

 競技者とスポーツ新聞の信頼関係で、これからも人々の心を揺さぶる言葉、世界を変える言葉がつむぎだされていってほしい。

 心からそう思う。【塩畑大輔】