大谷のメジャー移籍が決まった。日本ハムの5年間で投手大谷は42勝15敗、防御率2・52、打者大谷は打率2割8分6厘、48本塁打。通算40勝と40本塁打の両方を記録したのは関根(巨人)以来4人目だ。過去3人は二刀流から野手、投手から野手に転向した選手。40本到達が入団から10年以上過ぎた野手時代に対し、大谷はわずか5年で達成した。高卒5年目の通算42勝は投手専門でも合格。90年以降に入団した高卒投手を見ると、5年終了時に40勝以上は9人だけで、42勝は04年岩隈(近鉄)11年前田健(広島)と全く同じ勝利数。9人の中で5年終了時の防御率は2位、被打率は1位だ。後にメジャーへ移籍した投手が多く、二刀流で42勝した大谷の移籍は当然の流れかもしれない。

 
 

 10月4日オリックス戦は4番投手で先発。10三振を奪って完封勝ちした。4番投手は51年10月7日大洋戦の藤村富(阪神)以来で、4番投手の完封勝ちは1リーグ時代の44年7月29日産業戦の清水(近畿日本)以来、73年ぶり12人目だった。昨年7月3日ソフトバンク戦では1番投手で先発。自ら先頭打者本塁打を放って勝利投手になった。元祖二刀流の野口二(阪急)は4番投手で16完封しているが、打順1番と4番で白星を挙げたのは大谷しかいない。打者大谷は8つの打順、投手大谷も6つの打順で先発。「9番投手」が1度もないのが大谷らしい。

 規定打席は到達できなかったが、規定投球回は2度クリアし、15年には勝利、防御率、勝率の3冠を獲得。14年にプロ野球初の「2桁勝利+2桁本塁打」を達成し、16年の「2桁勝利+100安打+2桁本塁打」と「2桁勝利+20本塁打」はメジャーでも例がない。二刀流で数々の古い記録を掘り起こし、記録マニアを楽しませてくれた。

【伊藤友一】

 
 

◆球団の被本塁打16年89本→今季147本

 ▼昨年優勝の日本ハムは勝率4割2分の5位。リーグ優勝した翌年の勝率としては61年大洋4割4厘、79年ヤクルト4割1分に次いで低く、パ・リーグでは81年近鉄4割2分9厘を下回る最低勝率となった。今季は本塁打をよく打たれた。被本塁打が昨年の89本からリーグ最多の147本に増え、本塁打による失点も昨年の144点から234点に。日本ハムの失点は昨年より129点増えたが、そのうち90点は1発によるものだった。被本塁打0の試合は34勝18敗に対し、1本は20勝31敗、2本以上は6勝34敗と、被本塁打数がチームの勝敗に直結。