セ・リーグを独走した「今年の広島」で、大瀬良大地投手(26)は2桁勝利を挙げた。だが、8月16日阪神戦(京セラドーム大阪)で阪神先発藤浪晋太郎投手(23)から受けた左肩付近への死球に対し、すぐに笑顔を返した行動は賛否を巻き起こした。それはシーズンだけでなく、野球人生を左右する1シーンとなった。

 

 京セラドーム大阪は不穏な空気に包まれていた。復帰登板の藤浪は2回、4回に死球を当てるなど、球が荒れた。スタンドはざわめき、ブーイングや悲鳴が上がることもあった。きっかけは2回、投手大瀬良への死球だった。

 カウント1-1から大きく抜けた145キロが大瀬良の左肩へ向かって飛んできた。思わず左肩を押さえてしゃがみ込んだ大瀬良は、マウンド上で青ざめた表情で帽子を取って頭を下げる藤浪に、「大丈夫、大丈夫」と笑顔をつくった。

 この行動にファンや一部関係者からは称賛の声が上がった。だが、非難の声もあった。いや非難の方が多かったかもしれない。この日、大瀬良だけでなく菊池も死球を受け、何度も広島打者の体付近を藤浪の球が通過した。死球は負傷だけでなく、打撃感覚を狂わす要因ともなり得る。そんな野手の戦場でもある打席後方で、大瀬良は当てられた敵の投手にほほ笑んだのだ。

 阪神戦翌日、大瀬良は監督室に呼ばれた。「いい人だけじゃ、グラウンドでは勝てない。いい人はユニホームを脱いだところでやってくれたらいい」。プロとして足りないものを緒方監督は感じていた。チームメートや関係者からも同様に厳しい意見を耳にした。「優しさ」は、勝負の世界では「甘さ」となることもある。「甘さ」はときに、「弱さ」となる。

 大瀬良も理解はしている。「野手の方は命をかけて打席に立っているので、そういう声が上がるのは当然。士気を下げてしまったかもしれない」と反省した。昨季までチームメートだった黒田博樹氏からの教えもある。「プロの世界は生きるか死ぬかくらいの覚悟でやらないと、生き残れない」。同じく藤浪に2球、胸元への抜け球を受けた黒田氏は「チームの士気にも関わる。自分の体は自分で守らないといけない。戦う姿勢というのも見せたかった」とマウンドへ歩み寄り激高したことがあった。

 大瀬良は、あの日の笑顔に後悔はない。「とっさに出てしまったことなので、あれが自分なのかなって。根本は変わらないかもしれない」。ただ、変わるきっかけとなったのは事実。今季最終登板となった9月28日、大瀬良はいつもと違った。笑顔を見せず、厳しい表情を最後まで貫いた。2桁勝利がかかるマウンドだったことが理由ではない。「勝てる投手になりたい。チームとして戦う以上、いろんな環境や状況を考えながら立ち居振る舞いを見せないといけない。それが1つの方法であるならば、強い気持ちを持っていこうと思った」。監督室にまで呼んだ指揮官の思いもそこにあった。「戦うということ。そこが一番大瀬良に足りない」。あの日の笑顔が殻を破るきっかけとなるかもしれない。【前原淳】