25日に運命のドラフト会議が行われる。悲喜こもごも…数々のドラマを生んできた同会議だが、過去の名場面を「ドラフト回顧録」と題し、当時のドラフト翌日付の紙面から振り返る。

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<85年11月21日付、日刊スポーツ紙面掲載>

エ-ッ、桑田と巨人が出来ていた!? 注目の85年ドラフト会議は20日午前11時から、東京・九段の「ホテル・グランドパレス」で行われたが、巨人はPL学園・桑田真澄投手(17)を1位指名する奇襲をかけた。同投手はかねてから早大進学を表明しており、24日に受験の予定。それをおしての指名に、会場に詰めかけた他球団関係者の間に「巨人-桑田」密約説が飛び交った。

会場がその瞬間、水を打ったような静けさに包まれた。「読売、第1位指名選手、桑田真澄」。アナウンスが会議出席者の頭上で響いた。驚がく、疑惑、憤怒……。王監督はその時、なぜか視線を落としていた。そして、12球団の1位入札が一巡し、巨人の桑田単独指名はあっさり決まった。

静寂はつかの間だった。1位指名が各球団とも出そろい、昼食時間となると、出し抜かれた格好の他球団スカウトはもう怒りを隠そうとはしない。ヤクルト片岡チーフスカウトは、「これじゃ江川の時と同じじゃないか。退部届未提出など何の意味もなくなる。まあ、担当スカウトの伊藤菊さんの息子さんが、PLの野球部にいるんだから仕方ないが、今後はそんな奥の手が横行するかもね」。担当スカウトがPL学園野球部の父兄会にいる事実はなんといっても強みだ。スカウトとしての接触は不可能でも、父兄同士の交際はだれも止めることができない。この日、早くもある関係者からこんな告発があった。「伊藤菊さんと桑田の父親との間で、もう話は出来ているんですよ」。

伊藤菊スカウトはお陰でしきりに煙幕を張らざるをえない。ドラフト会議終了後「成算? そんなもんゼロですわ。だいたい桑田君の自宅の電話番号さえ知らんのですから」とぼやいてみせたが、しばらくすると「連絡だけはすませました」ともらしてしまった。そんなシーンを前にして、PL学園OBながら、退部届未提出をたてに、コンタクトも出来ずに桑田側の全面拒否に遭ったロッテ得津スカウトは、「大巨人のやることじゃない。ふざけるな、ですよ」と語気も荒い。

南海伊藤スカウト部長などは、「してやられたって感じ。もう話は出来ているんでしょう。こじれたように見せかけて、ズバッといくなんて見事なもんです」と完敗を認め、半ばあきれ気味である。

それにしても、王監督の「あの甲子園のすごいホームランは忘れられない」という清原讃歌はどこへ吹き飛んでしまったのだろう。二度と聞くことのできなくなったラブコールは、すべて桑田どりのためのカモフラージュだったのか。「ドラフトという状況では本当のことは言えないんだ。僕は前々から桑田指名を決めていた。もちろん即戦力投手としてね。来年4月の開幕からは無理だろうが、5、6月からはいけるでしょう」と、桑田獲得こそわが真意とぶちまけた。清原への思いもあったが、前夜の正力オーナーらとの会談、ドラフト開始5分前まで2時間も続けたオーナー、担当スカウトらとの打ち合わせで、全員が「桑田」で一致したのだ。

桑田指名は何ら違法行為はない。あるとすれば心情的な憤りだけである。桑田が早大進学を全面に打ち出しているとはいえ、願書は学校推薦ではなく自己推薦。この場合、桑田が願書を捨ててもPL学園に迷惑は一切かからない。正力オーナーも「密約などとは心外だ。熱意をもって交渉に当たる。難航するようなら、私が出向いても構わん」と、初の出馬を宣言するほどの意気込みを披露した。

しかし、いまのところ桑田本人も両親も巨人入りを否定。24日に早大を受験(教育学部教育学科体育学専修特別選抜試験)する意向だ。父親泰次さんは「PL学園と早大の関係を考え、プロ入りの意思を固めたら受験を断念させる」と言明した。この言葉に従えば23日に上京すれば進学、しなければ巨人入りと見られる。

巨人側に残されたタイムリミットは23日いっぱいまでのわずか3日間。この間に退部届を提出させ、交渉し、逆転獲得出来るのか。王監督は「フロントの方に大変な仕事を押しつける形になったが、自信があるからこそ、指名したんです。誠意で獲得へもっていきたい」と語ったが、3日間で手際よく入団へこぎつければこぎつけたで、また密約説も浮上してこよう。

さらにスカウトたちへ「桑田は早大へ行きます」と言い続けてきたPL学園の高木部長、中村監督の立場も悪くなる。中村監督は「私の言ってきたことには責任を持つ」と引責辞任の考えがあることも明らかにしている。密約説が飛び交う中、巨人はとんだ大物を背負い込んだ。

◆桑田と一問一答

-巨人の1位指名を聞いたときはどんな気持ちがしましたか

桑田 クラスメートが教えてくれたので、3時間目の授業が終わったとき、テレビで見ました。挙がると思っていなかったのでびっくり。すごく複雑な気持ちです。

-巨人のことをどう思いますか

桑田 小さいころからあこがれてきた。巨人のユニフォームを着るのを夢みたこともある。

-早大の入試が24日に迫っていますね

桑田 試験のために今まで何冊も本を読んできたし、論文の勉強もしてきた。23日に東京へ出発する予定です。退部届もまだ出さないつもり。

-早大進学ですか、それとも巨人ですか

桑田 いまはプロ入りの意思は全くありません。

-清原君が巨人志望だったけど、どう思います

桑田 フタを開けたらこんな結果で、彼に悪いと思います。仲のいい友達だけに、かわいそうで、会いづらい。

 

※記録と表記などは当時のもの