先月下旬、引退した巨人山口鉄也投手(35)と久しぶりにゆっくり話した。

知り合って13年になる。素朴な語りの中にかいま見える芯の太さとユーモア。出会った当時と何も変わらぬ心地よさがあった。

07年、米アリゾナでの自主トレを取材した。大ベテランの工藤公康(現ソフトバンク監督)と一緒だった。工藤はよく面倒を見ていた。「もっと体を大きくしなくてはいけない。これで、でかいステーキを食べてこい」とドル札を渡した。「今、野球をやる子が少なくなっている。1年でも長くプレーして、子どもが憧れるような選手になれ」とも説いていた。

現役晩年の工藤は、その厳しさから若い選手と距離が生じることがあった。孤高と言えばそれまでだが、山口はもらった言葉を正面から受け止める澄んだ心と、そのまま実践できる強い体を備えていた。「僕にとって特別な人」と感謝し、節目での連絡を欠かさず慕った。

幾多の縁が絡まり合ってのし上がっていった。親子ほど年の離れた人が節目で背中を押していくわけだが、人生の先輩たちは、後押ししたくなる人間力を見抜く。その眼力と、機を逃さない山口のたくましさは見逃せない。

工藤監督に引退を報告すると「現役にはこだわった方がいい。何とかもう1年、やれないのか。思いとどまれないのか」と話してきたという。アリゾナで伝えた「1年でも長く」が物足りないのかもしれない。でも「子どもが憧れる選手になれ」の約束は、十分に果たしたのではないか。

別れ際に初めて握手をした。しなやかで長い指。手のひらの分厚さ。瞬間に気遣いが分かる、繊細な握りの強さ。一流特有の感触があった。最後、彼は「引退した後の人生は長い。これからどう生きるかが大事だと思う」と言った。1人の青年がどんどん成長していく道程を近くで見せてもらった。心から感謝している。【宮下敬至】