あれは確か昨年7月上旬の甲子園だった。

練習をやめた阪神鳥谷(現ロッテ)の元へ、広島田中広輔が駆け寄る。

「おいっ、抜けよ~」

「すみません、ダメでした…」

2人はともに苦笑い。何げないワンシーンに、2人にしか理解できない感情が交錯した。

昨年6月20日、後に手術を余儀なくされる右膝の激痛と闘っていた田中広の連続フルイニング出場が、635試合で止まった。鳥谷が持つ遊撃手記録667試合が近づく中でのストップ。「自分も300試合ぐらいで代打を出されて悔しい思いをしたし、気持ちが分かる」。誰よりも残念がったのが他ならぬ鳥谷だった。

「記録は人に破られるためにあるもの。彼は年齢的にも(自分を)超えて記録を伸ばしていけると思っていた。分業制とかそういう時代にショートでずっと出続けることのすごさを知ってもらう意味でも、ぜひ抜いてほしかったんだけどね」

激しい運動量と繊細な洞察力を必要とする花形ポジション。鳥谷は「ショートの大変さはやった人にしか分からない」と言う。激務を担い続けた先駆者だから、後輩に特別な感情が芽生えるのだろう。

もちろん、思いは田中広も同じだ。「やっぱり同じポジションなので」。若いころからグラウンドに立ち続ける先輩の背中を追いかけ続けてきたから、鳥谷ロッテ入団という報が「本当にうれしかった」そうだ。

鳥谷は阪神で出番が激減していた昨季途中、遊撃への思いをあらためて明かしたことがある。「ショートはいろいろ考えながら守るポジション。自分にはそういうのが合っているのかもしれない。そういう意味では、もう1度ショートを守りたい、という気持ちはあるけどね」-。偽らざる本音に聞こえた。

新天地で迎えるプロ17年目は1軍最低保障年俸からの再スタート。すでにファーストミットも用意し、内野全ポジションを守る覚悟でいる。「これからチームの状況に合わせて、三塁であったり二塁であったり、いろんなポジションの質を上げていかないといけない」と力を込める。

それでもロッテデビュー戦での好守を目にすると、今季も遊撃鳥谷を見たくなってしまう。39歳シーズンでの遊撃守備がどれだけ困難な挑戦になるか理解していても、つい期待してしまう。

約5カ月ぶりの実戦となった17日の2軍練習試合・巨人戦は「3番遊撃」で先発。4回には三遊間の難しいゴロを軽やかにさばき、難なくジャンピングスローも決め、「打者が追い込まれてから、打球方向を考えて1歩2歩(三遊間に)寄っていた。今までの経験が生きたプレーだと思います」と自信ものぞかせた。

広島では右膝手術明けの背番号2が元気。ロッテの背番号00も早速ハツラツプレーを披露した。20年、鳥谷と田中広の遊撃物語には続きがありそうな気がする。【遊軍=佐井陽介】