日本は新型コロナウイルス感染に歯止めがかかっているとはいえ、第2波も危ぶまれ、不安は消えない。専門家が「顔を触らないように」と呼びかけたのは3月下旬だった。感染症の脅威を描いた映画「コンテイジョン」に、こんなセリフがある。「人は通常、1日に2000~3000回、自分の顔を触ります」。目や鼻、口からウイルスが侵入する。現実的な警告だ。

だが、こう明かす人がいた。「顔を触るなは、とても難しいことなんです」。元ロッテ、阪神などで投手として活躍した加藤康介さんだ。「アトピー性皮膚炎は、かゆい患部を知らない間に触ってしまう。かゆくないときも無意識に触ってしまう」。加藤さんはプロ3年目の03年1月、持病のアトピー性皮膚炎の治療法を変えたことで悪化。いまも重度の全身症状と戦う。

「手荒れがひどくなると患部からも感染の原因になるのではと耳にして、それなら、アトピーの患部からも感染してしまうのではないかと『あの経験』から、怖さを想像してしまう」

ロッテ時代、医師からこう告げられたという。「マウンドの土の菌がアトピーの小さな傷から入り、蜂窩(ほうか)織炎になり、ひどくなれば足を切断する可能性もあります」。病気でも奮闘し、いまはNPO法人「B・Basis」で野球普及に取り組む。「すごく大切なことなので言いたいなと思って」。特に同じ症状で苦しむ子どもたちに向けたメッセージだった。

加藤さんが見せてくれた資料がある。手が荒れていると亀裂に異物が付着しやすく、微小なウイルスや細菌が入る可能性もある-。実験に基づく指摘だ。加藤さんは「普通の人以上に手を清潔に保つのが大切。自分を守ることは家族を守ること。手のアトピーの方は手洗いが多いとつらい。綿など、自分に合った素材の手袋をしたり、工夫が必要だと思います」と話した。

近畿大学病院皮膚科専門医の柳原茂人医師は「傷口は、ウイルス侵入の入り口になりやすい。でも、かゆみは痛みよりつらい感覚があります。かくのは仕方がない。寝る前でも物を触らないことです。必ず、こまめな手の消毒、手洗いが必要で、ハンドクリームを使うことも重要です」と予防の大切さを説明した。幸いにも、現時点でアトピー性皮膚炎と新型コロナウイルス感染との顕著な相関性は認められない。柳原医師も「そういう話は聞きませんし、データもありません」と言う。ただ、感染防止に細心の注意を払う必要はあるだろう。

懸念されるのは、アトピーの悪化だ。全国ではコロナの院内感染が頻発した。柳原医師は「外来の患者さんの数が減っています。アトピー性皮膚炎は薬が途絶えると悪くなる。電話で相談したり、何とか薬を手に入れるようにしてほしい」と強調する。感染を恐れ、適切な治療を受けられない患者が増えたという。

人を思いやればこそ、人と人が遠ざかる。このウイルスの不条理だ。だが、加藤さんは言う。「薬を塗ってくれる家族のありがたみを普段から感じている、温かい子が多いと信じています。いまは『僕が守る』と思って、感謝の気持ちで手を清潔に保つ努力をしてください」。周りへの想像力を働かせる。真心を見た。