ラジオのプロ野球中継にはさまざまな形があることをご存じだろうか。キー局、地方局、系列が入り交じり「複雑怪奇」と言われる。業界用語を知って中継を聞けば、ラジオのプロ野球がもっと楽しくなる。試合開始直前に放送予定が大きく変わった5月20日、その裏側に「潜入」した。【取材・構成=秋山惣一郎】

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5月20日のプロ野球は4試合。ラジオの全国ネットはDeNA-中日(横浜スタジアム)。この試合が中止になると、(1)阪神-ヤクルト(甲子園)(2)西武-ソフトバンク(メットライフドーム)(3)楽天-日本ハム(楽天生命)の順で予備カードが組まれていた。

全国ネットのDeNA-中日が「NRN本番」と呼ばれる。「NRN」とは、ニッポン放送と文化放送をキー局とする、ラジオの全国ネットワークのこと。多くの地方局が、このカードを放送する。

阪神ファンが多い関西では、朝日放送(ABC)と毎日放送(MBS)は「NRN」をネットせず、それぞれ甲子園の試合を放送する。この試合は「NRN」の第1予備カードに組まれており、横浜の試合が中止になれば、MBSの中継が全国ネットになる。

地方局にとっての問題は、地元チームが遠征に出ている場合だ。経費節減の流れもあり、近年は遠征先に中継スタッフを送らない局がほとんどだ。西武-ソフトバンクを例に福岡の局を見てみよう。

九州朝日放送(KBC)は、文化放送と一緒に制作する「局間本番」という形で放送する。RKB毎日放送は、文化放送に依頼してRKB向けに制作してもらう「委託本番」という形を採る。文化放送側から見れば、自局では放送しない「裏送り」とも呼ばれる。文化放送は、「局間」と「委託」(裏送り)の2班をメットライフに配置して、当日に臨んだ。

5月20日の天気は西から崩れ、関東でも午後から雨の予報が出ていた。外は小雨交じりのメットライフ。西武-ソフトバンクは午後5時45分試合開始。「NRN本番」の第2予備カードとなっていて、横浜、甲子園が中止になれば、全国に中継される。

ネット裏の放送ブースには、NRN第2予備を担当するニッポン放送、福岡との「局間本番」と「委託本番」を制作する文化放送の2班が放送へ向けて準備を進めていた。「局間」を担当する文化放送の黒川麻希ディレクターは「現場の仕事は変わりませんが、(天気次第で各局の放送予定が変わるので)天気が少し気がかりですね」と話した。

午後3時50分、まず甲子園が中止を決定。同4時40分に横浜も続いて「NRN」は、メットライフの試合が繰り上がり、全国30局にネットされることになった。実況担当は宮田統樹アナウンサー、79歳。金田正一の400勝を実況した大ベテラン。ニッポン放送報道スポーツコンテンツセンターの白戸正志担当副部長は「予備と本番では気持ち的に全然、違います。でも、おとといぐらいから(天気は)怪しいと思ってましたから」と余裕の表情だった。

文化放送でも変更があった。まず「局間」を予定していた福岡KBCが、全国ネットの「NRN」に切り替えた。制作費は「委託」「局間」「NRN」の順に安くなるという。RKB向けの「委託」は、阪神戦が中止になった大阪ABCなど3局で放送されることが決まった。実況担当の鈴木光裕アナウンサーは「セ・リーグのファンにも楽しんでもらえるよう、交流戦の話題も織り交ぜていきます」とベテランらしく切り替えていた。

文化放送報道スポーツセンターの佐藤勉部次長は「ラジオのプロ野球中継の仕組みをすべて理解している人は、業界内でも多くありません。『複雑怪奇』な世界です」と話している。

<民放AM局の全国ネット>

NRNだけでなく、TBSラジオがキー局のJRNもある。地方局はNRNとJRNのいずれか、または両方(クロスネット)に属している。だが17年、TBSが野球中継から撤退し、JRNの全国ネット中継がなくなった。JRNだけに加盟する局は、同系列の地方局やクロスネット局との「局間」や「委託」で放送している。自局では放送しないTBSだが、DeNA主催試合の優先権は保持しており、「裏送り」(委託)という形でDeNA戦の中継を続けている。5月20日、JRN系列の名古屋・中部日本放送(CBC)は、TBSの「委託」でDeNA-中日を予定していた。本文中のラジオ局の系列は以下の通り。

【NRN】KBC

【JRN】RKB、CBC

【クロスネット】ABC、MBS