<日本ハム1-0中日>◇23日◇札幌ドーム

 プロ最短での「KO」に、はにかむしかなかった。日本ハム多田野がプロ3戦3勝を狙ったマウンドで、思わぬ“一撃”に泣いた。立ち上がりから打者7人を3三振を含み完全に抑えていた3回1死。平田への2球目、118キロがすっぽ抜け、頭部を直撃した。すぐに宣告はされなかったが、落合監督の抗議後に審判団が協議して、危険球退場。野球人生で初体験だった。

 わずか26球での交流戦デビューに「何もしていない。腕を振らない真っすぐを投げたら」と頭をかいた。日本ハムでは04年のループ以来、4年ぶりの危険球退場の珍事。スクランブル登板した坂元らの力投で救われた。試合中はベンチ裏のモニターで、最終9回はフェンス越しに「このまま勝ってくれないか、という気持ち」と祈るように見つめ、不思議と自身の不敗神話はまた継続された。

 前回の16日ソフトバンク戦は勝利投手になりながら3ボーク。この日は、プロ初の四死球が、痛恨の降板劇へつながった。「アメリカなら大丈夫」の死球も、逆輸入ルーキーらしく、また日本の洗礼を浴びた。しかもこれが初の走者で、修正したセットポジションも試せずじまい。「マウンドから先発投手を引きずり降ろすのが仕事ですから」。それでも猛抗議した落合監督の勝負にかける執念を実感し、また1つ学んだ。【高山通史】