<ソフトバンク6-5西武>◇16日◇福岡ヤフードーム

 ソフトバンクに「捕手」のヒーローが誕生した。延長12回2死一、三塁からプロ2年目の高谷裕亮捕手(26)が初のサヨナラ安打を放ち、対西武戦4連勝、首位に3ゲーム差と迫る大きな1勝をチームにもたらした。5回には先制のプロ1号本塁打を放ち、守備でも盗塁数リーグトップの片岡の二盗を刺すなど、2つの盗塁刺を記録。マリナーズ城島が05年オフにチームを去ってから、正捕手不在が続いたソフトバンクに、待望の「打てる捕手」が芽生え始めた。

 外見とは裏腹に、打席では年齢より“若手”だった。延長12回2死一、三塁。高谷はひたすら初球を狙っていた。「1軍の投手は追い込まれると打てる球は少ない。打撃で考えているのは、1発で仕留めること、積極的に打つということです」。西武小野寺の初球、149キロの直球に振り負けない。右前へ打球をきれいにはじき返すと、ナインから手荒い祝福が待っていた。

 高谷にとっては「初物ずくめ」の西武戦だった。5回1死から先制の右越えソロ本塁打を放ったが、これがプロ初アーチだった。前夜(15日)プロ初の猛打賞を記録したばかり。「とにかく最後に勝てたのが良かったです」。バットの活躍以上に喜んだのが、チームの勝利。そこに高谷の「捕手」にこだわる姿勢が見え隠れする。

 06年ドラフトで即戦力ルーキーとして3巡目で入団。大隣と「開幕新人バッテリー」も期待された。ただ、プロの壁は予想以上に高かった。入団時の体形は178センチ、82キロ。「体つきはベテランだな」とキャンプで王監督は苦笑いを浮かべた。攻守ともに自分をも見失う、冷静さを欠いたプレーぶりから、開幕は2軍で迎えた。「1軍で足りないもの、課題が見えた。自分がアップアップして、2軍で一から考え直しました」と高谷。2軍戦を視察した王監督は高谷のプレーぶりに「若々しさがない。打席でも打ちそうな気が出ていない」と、苦言を呈したこともあった。

 遠回りは決して無駄ではなかった。アマ時代もそうだった。高校卒業後、プロ入りを目標に、社会人野球の富士重工に入社。「大学はプロまでに4年かかるけど、社会人野球だと3年で行けるから」というのが理由だった。だが、相次ぐ故障で、公式戦に1試合も出場できないまま、2年目の12月に退社した。「あの2年があったから人間的にも大きくなれた」。一時は家業を継ぐことも考えた。1浪してまで大学に進学したのは、野球への情熱。夢を、目標をあきらめない大切さを高谷は知っていた。

 2軍にいながらも合宿所では1軍の試合をテレビ観戦した。敵、味方の投手を研究することも忘れなかった。5日に1軍昇格を果たすと、8日の西武戦からスタメンマスクを任された。高谷がマスクをかぶった試合は5勝2敗。「高谷は見事な本塁打だった。将来的には、本塁打を打てる捕手になるものを感じさせてくれた」と王監督は高谷の成長ぶりを認めた。マリナーズ城島がチームを去って以後、その穴は決して埋まらなかった。「2軍でやってきたことが少しずつ、結果に出始めたかとは思いますけど、今は1日1日が新たな発見です」と高谷。首位西武に3ゲーム差と迫った一戦は、チームの将来にも光を差し込む試合だった。【中村泰三】