阪急で本塁打王に輝き、オリックスではイチロー獲得に尽力した中田昌宏氏(なかた・よしひろ=元オリックス野球クラブ取締役)が16日、心不全のため死去した。74歳。兵庫県出身。通夜は19日午後7時から、葬儀・告別式は20日正午から、いずれも兵庫県西宮市鳴尾町4の10の7
善教寺で。喪主は長男一宏(かずひろ)氏。
中田氏は兵庫・鳴尾高ではエースとして51年センバツ準優勝。慶大では56年秋のリーグ戦で立大長嶋茂雄らと争い、首位打者を獲得した。57年阪急入団、61年には29発で野村克也(南海)と分け合う形で本塁打王に。68年引退まで通算1430試合、985安打、154本塁打、526打点。球宴出場1回だった。
引退後は阪急で打撃コーチや2軍監督を歴任し、福本豊や加藤英司らを育成。89年フロント入りし、編成部長に就任。ドラフトでは90年長谷川滋利、91年田口壮とイチローらを獲得した際の最高責任者だった。
[2009年11月18日10時47分
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