ソフトバンク王貞治球団会長(73)が15日、無期限2軍となった松中信彦内野手(39)に愛のムチを振るった。松中は13日ヤクルト戦での起用方法に不満を持ち、交流戦優勝セレモニーを欠席。懲罰として14日に2軍落ちした。王会長は、愛弟子に期待するからこそあえて厳しく突き放した。松中騒動に水を差されたチームは巨人に完敗。連勝は6で止まった。

 交流戦Vチームの勢いはなかった。初回にミス絡みで4失点。打線も9回、菅野の完封を阻止するのがやっとだった。松中の交流戦Vセレモニーボイコット騒動で水を差されたチームは、1分けを挟む6連勝から急停止した。

 その数時間前。巨人戦を前に、王球団会長は、ゆっくりとした口調で松中に対する思いを口にしていた。

 王会長

 残念ながらそういうことになったので、自分で1日でも早く(1軍に)上がれるように、バットで1軍の道を切り開くしかない。すべての選手がそうだけれどね。

 無期限2軍となった松中に対して温情はあえて見せなかった。プロなら結果を出し、もう1度、1軍へ戻ってこいと突き放した。自ら起こしたトラブルに対し、救いの手を差しのべることはない。わが子を崖から突き落とす獅子の母のように、愛情を胸に厳しい姿勢は崩さなかった。

 松中はこの日から西戸崎合宿所でリハビリ組に合流。若手に交ざりウオーミングアップを行い、フリー打撃では打撃投手がいないため湯上谷寮長が投げる球を黙々と打ち返した。「問題は優勝セレモニーに出なかったのが一番。監督、チームメート、ファンに迷惑をかけたのは事実。意識を高めて若手の見本になれるように頑張ります」と反省。「あとはバットで信頼を取り戻すしかない」と本人も同じ決意だ。

 王球団会長には入団した97年から監督として平成唯一の3冠王になるまで育ててもらった。昨年限りで引退した小久保氏と競い合うようにフルスイングでボールを飛ばし続けたのも王監督の教えだった。06年第1回WBCでは日本の4番として全8試合に出場。王監督と初の世界一を喜んだ。

 再びレギュラーを奪う決意で臨んだ今春のキャンプ。一塁特守を行っていると、サブグラウンドまで激励に来てくれた。球団会長となった今でも変わらぬ愛情を注いでくれる。

 松中は前日14日に自身のブログでファンに対しても謝罪した。わずか1日で200を超えるコメントが寄せられ、そのほとんどが激励の内容だった。「本当にありがたいことです」と温かい言葉が身に染みた。

 17日からは2軍のウエスタン・リーグ中日戦(雁の巣)に合流する。チームのため、ファンのためにももう1度、泥にまみれる覚悟だ。【石橋隆雄】

 ◆優勝セレモニー欠席

 ソフトバンクは13日ヤクルト戦で2年ぶり4度目の優勝。松中は8回に代打で中前打を放ち、この回ダメ押しの3得点に絡んだ。本人によると1度は「今日(の代打)はない」と指示を受けたが、突然代打を告げられたという。準備を大切にしてきた松中にはこのプロセスが不満で、発作的な怒りから試合後、チームの制止も聞かず、帰宅。優勝セレモニーをボイコットした。深夜に秋山監督に電話で謝罪したが、そのまま2軍行きを命じられた。<王さん過去のゲキ>

 ◆95年小久保

 失策を質問され「精いっぱいですから」と答えた。翌日、紙面を見た王監督はファンを失望させるようなコメントはするなと激怒した。

 ◆98年城島

 途中交代された悔しさからベンチ裏通路に防具などを投げつけた。王監督(当時)は「城島、なんだその態度は」と追いかけるように詰め寄り右手の甲でぶった。

 ◆04年杉内

 先発し2回で7失点した後、ベンチに戻り奥のイスを両手で殴って骨折。王監督は「戦列を離れなければいけない。悔しさはだれでもある。だが、何のために選手としてやっているのか。絶対にやってはいけないことだ」と苦言を呈した。