野球の神様に見入られた男は、2年後に夢をかなえる。東京6大学リーグ各校の4年生の進路がほぼ出そろった。ドラフト候補だった法大・河合完治内野手(4年=中京大中京)はプロ志望届を出さず、トヨタ自動車(愛知)に進む。高校3年夏の甲子園で、日本文理(新潟)との劇的な決勝戦を制して全国制覇。法大では主将を務め、プロからの指名は確実だったが社会人入りを決断した。

 あの時のライナーから、河合は神様の存在を確信した。09年夏。甲子園決勝は10-4で迎えた9回2死から、1点差まで詰め寄られた。なお一、三塁で自軍を襲った痛烈な打球は、三塁を守る河合のグラブに収まった。「あの打球が抜けていたら、野球を続けていません。直前にファウルフライを落としているんですよ。でも最後は僕が捕って、日本一になれた。野球の神様が野球を続けさせてくれたんです」。

 法大では順風満帆だった。1年春から試合に出場。今年は主将としてチームを引っ張った。リーグ通算68安打は現役2位で、ドラフト指名は確実視された。それでもプロ志望届を出さなかった。9月。野球の神様が巡り合わせたような、運命的な出会いがきっかけだった。「オープン戦をやって、この人にはかなわないと思いました」。広島3位の田中広輔内野手(24=JR東日本)のプレーに目を奪われた。

 「もし同じ球団に入ったら、競っても勝てない」。正直、プロ入りできる自信はあった。小さい頃から憧れた世界に飛び込み、家族にユニホーム姿を見せたい。でも、まだトップレベルの力はない。締め切りギリギリの10月まで悩んだ末に、少しだけ遠回りすることを決めた。高校の同級生である広島堂林に決断を伝えると、「待ってるぞ!」と応援された。だから、「2年後に(ドラフト)上位で指名されて、『河合はやっぱり間違っていなかった』と言われるように。堂林とまた、同じ舞台に立ちたい」と意気込む。

 趣味は神社仏閣巡り。厳粛な雰囲気が好きで、今秋は式年遷宮を迎えた伊勢神宮(三重)に足を運んだ。でも、神頼みをしたことはないという。「神様に10円、100円でお願いをかなえてもらおうなんて、自分には畏れ多くてできません。道は自分の力で開かないと」。野球の神様はきっと見ている。河合が夢の舞台に立つまでの努力を。【島根純】

 

 ◆河合完治(かわい・かんじ)1992年(平4)1月15日、愛知県生まれ。小3から野球を始め、中学では新城ベアーズで3年時に全国3位。日本代表に選出され世界大会優勝を果たす。中京大中京では1年秋からレギュラー。2年春、3年春夏に甲子園出場し、優勝した3年夏の28塁打は大会記録。法大では1年春からリーグ戦に出場し、4年では主将。二塁手と三塁手でそれぞれベストナインの受賞歴がある。175センチ、78キロ。右投げ左打ち。