<明治神宮大会:駒大3-1中部学院大>◇16日◇大学の部準々決勝◇神宮

 さらば、神宮-。広島ドラフト1位の中部学院大・野間峻祥(たかよし)外野手(21=村野工)が、明治神宮大会8強で大学最後の公式戦を終えた。阪神3位の江越大賀外野手(21=長崎海星)を擁する駒大に惜敗。野間は3回に中前打を放ったが、江越の好返球で同点を阻止されるシーンも。次はカープの強肩外野手として、神宮に戻ってくる。

 大学最後の立ち位置は、一塁側ベンチの中央だった。主将として試合終了の瞬間まで味方を励まし、終了直後も仲間を促して野間は整列に走った。「高校に続いて大学でも主将をさせていただいて、気持ちの面でも成長できました。後輩たちも本当によく頑張ってくれました」。最後まで、頼れる主将を全うした。

 集大成の明治神宮大会は“前哨戦”の連続だった。初戦(1回戦)の中日2位、九産大・浜田智博投手(4年=宮崎工)に続いて、この日は阪神3位の江越を擁する駒大と対決。同じ中堅を守り、俊足と強肩を誇る江越との対戦には「同じポジション」と、特別な思いを抱いていた。

 その江越に同点を阻止された。1点を追った3回2死二塁で、野間は来秋のドラフト1位候補の相手エース今永昇太(3年=北筑)から中前打。二塁走者は三塁を蹴ったが、中堅の定位置から猛チャージをかけた野間の本塁ダイレクト返球で同点のホームを踏めず。「足もある走者なんで、行けるかなと思いましたが」と悔しい結果に天を仰いだ。他の打席では、初回1死二塁はスライダーを打てず、8回1死は140キロ直球で空振り三振に倒れた。「スライダーがよくて、いい投手でした。でも自分が突っ込んでしまった」と猛省した。

 2年冬に早くも次のチームの主将就任は決まっていた。9回2死から一矢報いる本塁打を放った佐藤廉外野手(2年=盛岡大付)は「自分は7番ですが、以前『お前は長距離打者だ、思いきりバットを振れ、ボールに合わせるな』と言われた。その言葉もあの1本につながりました。プレーでも声でも選手を引っ張ってくれる方でした」と、野間のキャプテンシーを振り返った。選手として人として、頼れる主将だった。

 カープでも、奮闘、健闘が期待される。「外野のどこでも守るつもりで準備していきたい。いずれは目標とされる選手になりたい」。無限の可能性が持った21歳が、緒方カープの一員になる。【堀まどか】

 ◆野間峻祥(のま・たかよし)1993年(平5)1月28日、兵庫県三木市生まれ。小学3年から「東自由が丘ベアーズ」で野球を始め、中学時代に「神戸須磨クラブ」で硬式野球を始める。村野工で1年からレギュラー。趣味はカラオケで十八番は尾崎豊「OH

 MY

 LITTLE

 GIRL」。家族は母しのぶさん、姉なつみさん、弟祥明さん。180センチ、80キロ。右投げ左打ち。