野茂英雄(40)が新しく歩き始めている。日本人メジャーリーガーの道を開拓した野茂は昨年7月に現役引退を発表した。自分を貫く生き方に魅力を感じる人は多いが、多くを語ろうとはしない。今、何を考えているのだろう。これから何をしようとしているのだろう―。毎月1回、さまざまなテーマでインタビューを試みる。第1回は「引退とメジャーリーグ」「現在と将来」について。引退のことを話す時は、見たことがないほど悲しい表情をした。これからのことを話すときは目を輝かせた。彼の言葉には力がある。できるだけ多くの言葉を伝えたいと思う。(敬称略)(聞き手・南沢哲也)
―引退会見はなぜしなかったのですか
「する必要もないかなあと。自分の伝えたいことをメディアに流してもらうだけで、僕は十分だと思った。(会見開いて)しょうもない質問されても困りますし、何か言わされる方向に持っていかれても困りますし。今までやってきて、そういうことも多々あったので、自分の伝えたいことだけ流してもらえればいいかな、と思いました」。
―引退を決めたのはいつか。どうやって決断したのか
「いろいろ考えて、結局周りのお世話になっている人だったり、ファンの人にウソをつきたくなかった。自分としては、その人たちを喜ばせるパフォーマンスがもう出ない、というのを感じていました。実際、球団からクビになってエージェントに聞いてもほかから声がかかることないっていうことだったので。このまま、ホントは、一生『野球選手』って言っていてもいいかな、とも思ったんですけども、まあ、そういうわけにもいかないかな、と思い、発表することにしました」。
―決めたのは、発表の直前?
「そうですね」。
―迷ったりしなかったのか
「(ロイヤルズを)クビになった時もそうですし、その前の1年は実際に投げられなかったですから。投げられない時は、同じように(引退を)考えていましたけれど、まあいつか決めなきゃいかんなあと」。
―でも、投げられない状況から、いったんはメジャーまではい上がった
「まあ、たまたまメジャーに上がれたからよかったですけどね」。
―もう1度ウインターリーグ行って、そこからメジャーを目指すつもりはなかったのか
「正直、行ってもいいかな、とも思った…うーん、でも、無理かな、と(決断した)。はい」。
―引退を発表したコメントの中で「僕の場合には悔いが残る」という言葉が、強く心に残った。もう少し説明してほしい
「まあ、実際ケジメをつけたところで、マウンドにあがりたい気持ちは変わらない。だから、もうマウンドに上がれない、と思うと、寂しいですし、うーん、悔いが残る…というか、できればやりたい…。(ふっきるように)まあ、本当はこういうこと言っていちゃだめなんですけどね」。
―今でも、思いますか
「今でも思っちゃいけないんですけど、まあ投げたいことは投げたいです(笑い)」。
―その気持ちは、たとえ、あと5年やってから辞めたとしても、変わらないかもしれない
「そうですね。そのときでも悔いは残っているでしょうね」。
―野球が好きですからね
「はい」。
―ロイヤルズのキャンプでは、途中からセットポジションでリリーフもやる、となった。先発へのこだわりはなかったのか
「もうぜいたく言える立場じゃなかったですから、しょうがないですね。ただ、正直言うと、先発にこだわっていた。『何でちがうんかなあ』という思いはありました」。
―最後の登板は、予定外のリリーフで出てきて打たれた(注1)
「予定外の登板でしたし、予定外の(コントロール)ミスでした」。
―メジャーのマウンドでもう1度トルネードを見たかった
「辞めざるおえなかったんですね。もう、辞めるべきだった」。
―95年に海を渡って、旋風を起こした。あのころの自分はどうでしたか
「本当に毎日楽しくてしょうがなかった。メジャーのマウンドに上がった時のことは忘れられないです」。
―メジャーのマウンドに登る感覚はどんなものか
「それまでとは、ちがう感覚。社会人に行くときとも違います。プロに行くときも、その年(90年)にプロを目指していたわけではないのですが、あまりに評価が高くて、自分もここで行かなきゃいけないんじゃないか、ということでプロに入った。メジャーは、本当に自分が行きたくて行った場所。そこで、結果が出たということの満足感、自信が体の中から、沸いてきました」。
―メジャーに行きたいという気持ちはいつから持っていたのか
「アマチュアの時に世界大会(89年、プエルトリコでのインターコンチネンタル大会)に出て、そこそこ投げて。アメリカの審判の人に『お前、絶対にメジャーで投げられる』と言われたことが残っていたのだと思う。近鉄入ってから選手の間で、メジャー見るのが流行っていて『メジャーいいな』って思うようになって。日米野球で実際に対戦するようになって、『ここで自分のスタイルをぶつけてみたい』と思った」。

―パイオニアといわれることについてはどう思う
「そんな風には思っていませんけどね。自分がやりたかったわけですから、行動しただけです。その後に来た選手が良かったから、そう言われるようになったのじゃないですか」。
―ドジャースで3年半、その後、いくつか球団を渡り歩いた。そのことはどうでしたか
「自分にとっては良かったと思いますね。いろんな球団見ることができたし、ミルウォーキーとかの田舎でも、実際住んでみたら居心地よかったですし、デトロイトもそうでした。行ってみなきゃわかんないことも体験できたので。選手とも仲良くなって、次にドジャースに戻ってきた時には、対戦する相手ごとに元チームメートがいるような状況だったので、戦うのが楽しかった。僕の財産です」。
―打たれたところと、抑えたところ、どっちが記憶に残っていますか
「抑えて勝ったところの方が覚えています」。
―何か、記憶に残っているのは
「最初のころはサンフランシスコとやるのが楽しみでした。ヒューストンもそうでした。3番4番などの主軸がオールスター選手でしたし(注2)。対戦を楽しみにしていたので。特にサンフランシスコにはなぜか運良く点がとられなかったので。すごいブーイングでしたし、でもその中でも勝てたことを思い出しますね」。
(注1)08年4月18日、オークランドでのアスレチックス戦で、8回に薮田が捕まり、2死満塁で野茂が急きょリリーフ登板。打ち取ったあたりのヒットが2本続いた後に、甘く入った速球を中越え本塁打された。2日後の同月20日、ロイヤルズを戦力外になった。
(注2)サンフランシスコ・ジャイアンツは3番バリー・ボンズ、4番マット・ウイリアムス。ドジャースとは強烈なライバル関係にあった。アストロズの主軸は後に3000本安打を放ったクレイグ・ビジオ、当時3冠王に最も近いといわれた「がにまた打法」のジェフ・バグウェル、強打のデレク・ベルらで3人の頭文字から「キラーB,S」と呼ばれた。
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野茂英雄(のも・ひでお)1968年(昭43)8月31日、大阪市生まれ。成城工-新日鉄堺。88年ソウル五輪に出場し銀メダル。89年、8球団の競合の末、ドラフト1位で仰木監督の近鉄に入団。体を大きくひねる独特の「トルネード投法」と、鋭いフォークボールによる奪三振などでいきなり18勝を挙げ、スター選手に。90-93年まで史上唯一の4年連続最多勝をマーク。
95年にドジャースに入団し、13勝6敗でナ・リーグ新人王。球宴にも出場し先発を務めた。ド軍2年目の96年(対ロッキーズ)、レッドソックス時代の01年(対オリオールズ)にノーヒットノーランを達成(両リーグでの達成は史上4人目)。
06、07年はメジャーでのプレーはなかったが、08年にロイヤルズで復帰。しかし白星を挙げることなく4月末に自由契約。同年7月、現役引退を発表した。
日米通算201勝155敗1セーブ、3122奪三振。現役時代のサイズは188センチ、104キロ、右投げ右打ち。03年にNPO法人「NOMOベースボールクラブ」を設立。家族は夫人と2男。
野茂氏のオフィシャルサイトがオープン。
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