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野茂英雄のメッセージ

「余計 無駄」は間違い

企業スポーツ 危ない

社員にもいい影響与えている

 企業スポーツが危機になっている。野球だけでなくても休部になるところが相次いでいる。バブル景気が崩壊した後も、かなり休部、廃部が相次いだ。野茂は、そのころから憂えていた。野茂ベースボールクラブにつながる一端でもあるのだが、何か思うところがあるのではないか。

 「なんとかならないですかねえ」と野茂はため息をついた。新日鉄堺にいたころと比べても企業の野球部の数は減る一方だ(グラフ参照)。

 しばらく考えて「やっぱり、『株主優先』ってことにつながるんですかね。社員のためには、野球部の活動があった方がいいじゃないですか。都市対抗予選とかでも社員同士で応援して、勝って本大会に出て、またみんなで応援しに行って、ライバル企業と戦って盛り上がって。これから仕事また頑張ろうっていうことが大事なわけじゃないですか。でも、不景気になって社員も切られるのに、クラブの活動も手をつけないわけにはいかないってことですかね」と言った。

 スポーツにかかる費用が「余計な費用」「無駄な経費」とみられて、削られていくことが納得いかない様子だった。

 「あれば、社員にいい影響しか与えてないのに、なんで切らなきゃいけないのでしょうか。それは結局、1円でも多く株主に還元しなければいけないということなのか、1円でも多く役員に報酬を払わなければいけないのか。もちろん株主が一番偉いのはわかっていますよ。ただ、会社の経営者として株主を優先するのか、社員を優先するのかってことですよね。だから本当は〝無駄な経費〟ではないと思うのですが、それを削る。本当に(部活動を)もてない企業はしょうがないですよ。中小企業で。でも、今回の場合、(休部しているのは)本当にもてないような会社には思えないんですけどね」。

 野球場を作る、という話とも、つながってくる。日本では教育や文化に回るお金は少ないし、後回しになりがちだ。米国で長く生活してきた野茂にとって、野球が「文化」として根付いている国との差をあらためて感じているかのようだった。

【グラフ】日本野球連盟加入チームの推移
NOMO×NIKKAN

 野茂英雄(のも・ひでお)1968年(昭43)8月31日、大阪市生まれ。成城工-新日鉄堺。88年ソウル五輪に出場し銀メダル。89年、8球団の競合の末、ドラフト1位で仰木監督の近鉄に入団。体を大きくひねる独特の「トルネード投法」と、鋭いフォークボールによる奪三振などでいきなり18勝を挙げ、スター選手に。90-93年まで史上唯一の4年連続最多勝をマーク。

 95年にドジャースに入団し、13勝6敗でナ・リーグ新人王。球宴にも出場し先発を務めた。ド軍2年目の96年(対ロッキーズ)、レッドソックス時代の01年(対オリオールズ)にノーヒットノーランを達成(両リーグでの達成は史上4人目)。

 06、07年はメジャーでのプレーはなかったが、08年にロイヤルズで復帰。しかし白星を挙げることなく4月末に自由契約。同年7月、現役引退を発表した。

 日米通算201勝155敗1セーブ、3122奪三振。現役時代のサイズは188センチ、104キロ、右投げ右打ち。03年にNPO法人「NOMOベースボールクラブ」を設立。家族は夫人と2男。

野茂氏のオフィシャルサイトがオープン。

NOMOベースボールクラブ








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