野茂英雄(40)の語るトルネード—。後編は、毎年投球を仕上げていくときの調整と指標について聞くことから始めた。野茂は、自分の中にある「感覚」について話し始めた。そして、トルネードのフォームについて野茂はどう考えているのか。初めて聞く話だった。(敬称略)(聞き手・南沢哲也)


プロのピッチャーは、シーズンを終えオフシーズンになって、またトレーニングを始めて次の年のピッチングをイメージして固めていく。
その時、前年の良いイメージに持っていこうとしているのか、それとも投げているうちに、今年はこういう感じだ、と変えていくのか。
「自分が(これまで)こんな感じで良くなっていって、こんな感じがいいっていう感覚は、はっきりわかっている。それは、ある時につかんだもので、僕は絶対に忘れない。今でも覚えている。(調整の段階で)それが出ない時は、まだだめなんですよ」。
野茂の中には、「自分の投球はこれだ」という確固たる“感覚”があるのだという。その「ある時につかんだ感覚」とは、いったいどんなものなのだろう。
「もう、それは指の(ボールにかかる)感覚だったり、体の感覚だったり。タイミングだったり、リズムだったり、すべてがわかっているんですよ。自分がその感覚に近づいていければ仕上がりがわかる。その状態を作れば、(今季は)このレベルでやっていける、っていうのは、もう自分の中で確立されてわかっているんですよ」。
それが毎年毎年準備を進める時の指標だった。
「最初に自分がつかんだ『これだ』っていう感覚をずっと持っているんです。体をこう使って(トルネードのフォームで上体をひねる様子を見せながら)最後に(ボールに)こう指にかかる感覚とか。リズムだったり、毎年、投球をつくっていく感覚は、それを覚えているんですよ。最初の『これが自分のボールだ』『これで投げられる』っていうところを、いまだに僕はわかりますよ。もうパフォーマンスとしては出せないですけれど。忘れていく人も多いんですけどね。忘れたら、なかなか取り返せないものなんですよ。それをわかっているんですよ」。
―いつつかんだのか
「社会人の時です。ある時、ぽんっと壁を越えた。みんなその『壁を越えたことがある人』はわかると思うんです」と野茂は言った。
「壁を越える感覚」—。野茂はこれが、自分のボールだ、というのがはっきりとわかったという時のことを「ぽんっと壁を越えた」と表現した。ひとつ上に突き抜けたのだ。新日鉄堺での3年間の中で、その感覚をつかんだ時に、本当の意味の「投手野茂」が生まれた。
ただ、それは漫然と時を過ごしていて、突然神様がくれたプレゼントというわけではないだろう。
「高校野球だって3年間も辛抱して続けてきたからこそ、それ以降は我慢するということを覚えた。3年間やったからこそ、わかったことでしょう。辛抱することをわからなかったら、もしかしたら『打者を抑える感覚』みたいなこともわからなかったかもしれない。社会人に入ってからも辛抱できて、いろいろなことを吸収しているうちに、ある時にぽっと壁を越えることができた。高校時代や、社会人の、そういう時間や準備を経たからできたことだと思う」。
―その感覚はもう絶対に忘れないのか
「はい。これだったら、抑えられるっていうものがある。それが出れば、もう、行けるってかんじ」。
感覚の話を、野茂はどうにか伝えようと必死に身ぶり手ぶりで説明してくれた。
「(毎年)そこまでいくのは、最低ライン。プロでやっていくのに。そこを忘れてしまうと、もう抑え方すら全部忘れてしまうということだから。昔の、僕の高校の時のように何も考えずに投げるだけになってしまうから、最低限そこだけは忘れないようにしていました」。
―今までの中でこの時は調子良かったというのはありますか
「結果として、僕が調子いい時とかありますよね。それ(つかんだ感覚)が普通に、特に何も考えずに出せている時が、きょうは調子いいわ、っていう時。壁を超えた時と一緒です。投げている球は同じ145キロかもしれません。でもボールが全然違うんです」。
投手にとって「絶対の球」ということだろうか。確かに、そういう球はあると思う。その球は、スピードなんかに関係なく力を持った球だ。
「新聞記者でも同じじゃないですか。その人にとっての壁を越えると、その段階で変わる。書いている文字数は一緒かもしれません。でも内容はそれまでとは全然ちがうでしょう。ぽっと一壁越えると『材料がこれだけあったら、これだけ書けるっていうのをわかった』っていうイメージがあるんじゃないですか、それと同じです。その感覚を、僕も野球で持っているということです。忘れなかったということです」。
こちらのフィールドの例まで引き合いに出してくれて説明すると、少しはわかってくれたかな、というように笑っていた。
「壁を越える感覚」というのは、人それぞれで違うだろう。ただ、その経験をした人は、自分を確立する。だからその感覚を持っている人は強い。
「そう思う。ほかの選手のプレーを見ていて、まだあそこは越えていないなとか、またはあそこも超えて次の壁も越えて、自分よりも全然レベル高いな、ということもわかるようになった。それまでできていたのに、ある日できなくなった選手を見ると、ああ忘れたな、とか、わかる。または、(今年は)なかなか作れなかったなとか。若くて良くなりたいとか思ってがむしゃらにやっていたからこそ、ある時に得たものなのに、いったん忘れてしまうと、取り戻すってなかなかできないことですね」。
プロの投手というのは、毎年毎年、こうした本当に微妙で繊細な「感覚」を追い求めながらの戦いだったのだ。
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野茂英雄(のも・ひでお)1968年(昭43)8月31日、大阪市生まれ。成城工-新日鉄堺。88年ソウル五輪に出場し銀メダル。89年、8球団の競合の末、ドラフト1位で仰木監督の近鉄に入団。体を大きくひねる独特の「トルネード投法」と、鋭いフォークボールによる奪三振などでいきなり18勝を挙げ、スター選手に。90-93年まで史上唯一の4年連続最多勝をマーク。
95年にドジャースに入団し、13勝6敗でナ・リーグ新人王。球宴にも出場し先発を務めた。ド軍2年目の96年(対ロッキーズ)、レッドソックス時代の01年(対オリオールズ)にノーヒットノーランを達成(両リーグでの達成は史上4人目)。
06、07年はメジャーでのプレーはなかったが、08年にロイヤルズで復帰。しかし白星を挙げることなく4月末に自由契約。同年7月、現役引退を発表した。
日米通算201勝155敗1セーブ、3122奪三振。現役時代のサイズは188センチ、104キロ、右投げ右打ち。03年にNPO法人「NOMOベースボールクラブ」を設立。家族は夫人と2男。
野茂氏のオフィシャルサイトがオープン。
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