
野茂英雄(41)は、この夏を主に米国で過ごした。メジャーに挑戦した1995年以来、続いている生活になる。日本と米国の社会を通す中で、「世界に挑戦すること」は、野茂の目に、どのように映っているのだろう。仕事の場を世界ととらえ、日本から飛び込んでいった中でこそわかることがあるはずだ。(敬称略)(聞き手・南沢哲也)
野茂は、メジャーに挑戦して以来、オフシーズンに日本に帰ってきたとしても、1年の半分以上は米国で暮らしてきた。自然と日本を通して、米国や世界を見るだけでなく、米国から見た日本、世界の中の日本について考えるようになる。
日本から飛び出して世界に挑戦するということはどういうことだろう。成功させた野茂はどのように考えているのだろう。
例えば新しい世界に踏みだそうとするときに、元に居た場所での経済的な安定を簡単に捨てられるのかどうか。
野茂は「お金の問題は、大きな問題ではなかった」とあっさり言う。
「もともとは(お金は)なかったですからね。そこはあんまり気にしなかったですね。会社入っても(給料は)安かったですからね(笑い)」。
だが、プロ野球に入ったら状況も変わる。8球団競合という史上最高の「倍率」で入団し、新人から飛び抜けた成績を残した、4、5年となれば、給料も大きく上がっていったはずだ。
「プロに入って、前の年までグラブ1個で、スパイクもぼろぼろだった。ランニングシューズなんか、めっちゃくちゃぼろぼろだったのが、メーカーからはもらえますし、そう考えれば、すごい、幸せでしたけれどね。自分のお金でうまいものを食べられますしね。でも年月を経るごとにグラウンドで何か、物足りない、という感覚が強くなった。テレビの画面で見ていたらあっち(メジャー)の方がレベル高いし、(社会人の)オールジャパンに入って戦ってみたら、日本の選手よりもすごい選手を見てきているので。日米野球でも戦った。自分の経済状況よりも挑戦したくなってしまったというのがあった。あんまり自分の経済状況は考えなかったですね」。
―億を超える年俸が0になるかもしれないということに、本当に抵抗はなかったのか
「お金の面での安定が自分の意志でなくなるということはあんまり考えなかった。どっちが大事かっていうと、アメリカに渡って、メジャーに挑戦できるってことの方が大切だった。(マイナー契約だったとしても)ある程度、生活できるってだけの給料はもらえますし。マイナーでも、たぶん300万円ぐらいもらえるんじゃないですか(野球シーズンの)6カ月で。僕の場合は1年目でメジャーに上がれたけれど。1年間ぐらいマイナーでやるのかなあ、という覚悟はありました。マイナーで成績残して、メジャーあがろうと思っていましたから」。
野茂が最初の1年はマイナーでやることを覚悟していた、というのは驚きだった。日本のトップ選手が、メジャーで通用するかどうか、当時はそんなことばかり興味が先行していた。野茂は、最初からそんなに早くメジャーに上がることは考えていなかったのだ。
「ストライキ中でしたしね。ストだから(行くの)止めた方がいい、って言う人もいましたけど、どっちみちマイナーからやんなきゃいけないっていうつもりだったんで。だから、メジャーキャンプに呼ばれて、そこで結果を出せて運良くとんとんとメジャーで投げられたのは、まあラッキーでしょうね」。
―考えられるほぼベストの過程だったということか
「はい」。
いろいろな分野で世界に飛び出していこうと思う人はもちろんだが、自分にとって新しい世界に踏みだそうと思いながらも、今までのポジションへの踏ん切りがつかずに足踏みをするという人は多いと思う。誰だって、今までの安定を失うのは嫌だし、また0からスタートするのには勇気がいる。年齢を重ねればなおさらだ。
野茂にこうしたことを聞いたのも、人がそれぞれのレベルで1歩踏み出すことへの考えを聞きたかったからだ。
野茂は「リスクがどこにあるか、ということでしょうね」と言った。
「野球で言うなら、日本でやってFAになってから行けばメジャー契約できるから、金銭的にしてもメジャー契約すればメジャーですぐにプレーできるから、という選択は簡単です。ただ日本で、プレーしている最中にけがでもしたら、メジャー挑戦はできなくなるかもしれない。もし、ある高校生がですよ。そのままアメリカに行くのか、日本でプロでやってからアメリカに行くのか、ということを聞かれたときに、どうするか。もし、日本で芽が出なかったらアメリカにも行くことはできないじゃないですか。メーンのステージがどこか。その子のメーンがメジャーでプレーしたいならば、行くべきだ、と僕は思うんですね。僕もそういった考え方だったということです。何がリスクかというと、僕の中では、一生メジャーでプレーできなかったら、ということを考えた時に嫌だったので、すぐに行きたかった。今までの地位が0になることよりも、そこにとどまってメジャーでプレーできない、ということの方が、僕にとってのリスクだったということです」。
自分にとってのリスクとは何か―。未知の世界へ踏み出すことの不安よりも、今の場所にとどまることの方がリスクが大きいと判断した。多くの人にとっては、この判断をすることが難しいことだと思うのだが、野茂の場合は、そう決断できたことが新しい歴史をつくった。
もし野茂が若くて、すでにメジャー行きの道が〝整備されている〟今の世の中だったら、どういう道をとっていただろうか。
「どうですかね」と言って少し考えた。「結局は自分が所属しているアマチュアのチーム次第じゃないですかね。例えば18歳の時に、自分の意思だけでは決められない。周りの大人の意見は、結構聞き流せないところはあると思うんですよ。(26歳の)意思のある僕でしたから周りの意見をシャットアウトすることはできましたけれど。18の時の僕でそれができるかというと…。行きたいのは、行きたいですよ。特に(行く道が開かれてきている)こんな世の中になってきたら、18の僕でも、日本でけがでもしたらアメリカで一生プレーできない、と思ったら、行ってしまうかもしれないですけれどね。でも、まあ周りの大人によりますかね。100%行くとはいえないです。8割はアメリカ行きますけど、残りの2割でひっくり返される可能性はあります。もう無難に新日鉄いけ、と。就職もできるし、新日鉄で3年間活躍したら、自分の道も選べる、とかって言われると、うーん、じゃあ社会人で3年間やるかっていうこともあると思います。社会人を出る時だったら、間違いなくアメリカに行きます。そのころには自分の意思がありましたからね」。
―条件が日本のプロ野球に行くことよりも悪くても
「はい」。
―その時だったら時間もあるから2、3年マイナーでやってもいい
「はい。それに今の時代なら、良ければすぐにでも(メジャーに)上がれますからね」。
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野茂英雄(のも・ひでお)1968年(昭43)8月31日、大阪市生まれ。成城工-新日鉄堺。88年ソウル五輪に出場し銀メダル。89年、8球団の競合の末、ドラフト1位で仰木監督の近鉄に入団。体を大きくひねる独特の「トルネード投法」と、鋭いフォークボールによる奪三振などでいきなり18勝を挙げ、スター選手に。90-93年まで史上唯一の4年連続最多勝をマーク。
95年にドジャースに入団し、13勝6敗でナ・リーグ新人王。球宴にも出場し先発を務めた。ド軍2年目の96年(対ロッキーズ)、レッドソックス時代の01年(対オリオールズ)にノーヒットノーランを達成(両リーグでの達成は史上4人目)。
06、07年はメジャーでのプレーはなかったが、08年にロイヤルズで復帰。しかし白星を挙げることなく4月末に自由契約。同年7月、現役引退を発表した。
日米通算201勝155敗1セーブ、3122奪三振。現役時代のサイズは188センチ、104キロ、右投げ右打ち。03年にNPO法人「NOMOベースボールクラブ」を設立。家族は夫人と2男。
野茂氏のオフィシャルサイトがオープン。
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