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NOMOベースボールクラブ

代表決定戦に敗れ、応援団にあいさつをする。今季の公式戦が終わった
代表決定戦に敗れ、応援団にあいさつをする。今季の公式戦が終わった

NBC日本選手権進出ならず

エース杉原トライアウトに手応え

 NOMOベースボールクラブ(NBC)は、日本選手権(11月12日から京セラドーム大阪)出場はならなかった。

 15日に行われた近畿最終予選の代表決定戦(わかさスタジアム京都)で大和高田クラブに0―6で敗れ、今シーズンの公式戦を終了した。

 代表決定戦は4番二口の二塁打1本のみの完敗。ただ、3回までは0―0で序盤に先取点のチャンスもあり、奪っていれば展開はわからなかった。適時エラーで先取点を与え、徐々にエースの杉原洋投手(24)がつかまった。打線は相手ベテラン主戦の横手からの速球とスライダーにかわされ、点差が開くとさらに手玉に取られた。

 清水信英監督(52)は「先取点がほしかったが、奪われるとはね返すだけの力がなかった。それでも今季のチームは最後にきて、チームらしくなった。よく代表決定戦まで来た」と振り返った。これで、また新しいチームへ切り替わる。毎年10人ほどが入れ替わる。2、3年かけてチームを作っていく企業チームやクラブチームと違い、所属の選手たちを次の段階へ送り出すことが目的のチームだから、毎年0から作り直すことは仕方がない。次の段階へステップする選手、野球を終え、違う世界へ切り替える人もいる。

 エースの杉原は成長が見えた。最終予選最初の新日鉄広畑戦も、企業相手におしくも0―1で敗れたが、敗者復活にまわった和歌山箕島球友会戦ではノーヒットノーランを達成した。中1日の15日も3戦連続先発し、最終的には打たれたが、力まない時のストレートは夏よりも伸び、制球力もついていた。

 「まだまだ野球を勉強しなければいけませんね」というが手応えは得た様子だ。杉原は元ロッテ。結果を出せぬまま、プロを辞めたが、もう1度やり直すために、NBCで野球を続けた。11月に行われるプロ野球のトライアウトを目指す。

 1年を見てきて新チームが苦しみながらも、少しずつチームの形になっていく様子が見える。アマチュアは波が激しい。だが、だからこそ逆に楽しみもある。

NOMOベースボールクラブ 社会人野球新日鉄堺出身の野茂がアマチュア野球活性化を願って、03年にクラブチームとして設立。本拠地は新日鉄堺(94年に休部)が使っていた堺市の堺浜野球場。創部から2年後の05年に都市対抗野球初出場、全日本クラブ野球選手権では初出場で初優勝。さらに同年11月、所属選手の柳田殖生内野手がドラフト会議で中日の指名を受け、初のプロ選手誕生。06年には社会人野球日本選手権大会に初出場。特定非営利活動法人。

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